紅桜の一件から数日経ったある日だった。
久しぶり、とふらりと万事屋に現れたのは攘夷戦争以来何の音沙汰もなかった彼女だった。あの頃より大人っぽくなった彼女は、あの頃と変わらない声で大事な話があると口にする。
彼女の表情からそれが冗談ではなく真剣な話であるということが分かる。彼女は冗談を言うタイプではない。それに、攘夷戦争以来姿をくらましていた彼女がこのタイミングでわざわざ銀時に会いにここまで来たのだ、それだけでも彼女の言う大事な話が真剣な話であることは確かだろう。
ただ彼女の言う大事な話がいい話なのか悪い話なのかまでは、この段階では判断出来ない。しかし、おそらく自分にとってあまりいい話ではないのだろうと何となく銀時は予想した。
彼女と仲が悪かったわけではない。彼女に嫌われていたわけでもない。彼女を嫌っていたわけでもない。お互い背中合わせで戦ったこともある。くだらない会話をして笑い合ったこともある。彼女と過ごした時間は決して短いものではない。そんな彼女に銀時が好意を寄せていなかったといえば嘘になる。何より彼女はあの攘夷戦争を一緒に戦い抜いた仲間でもあるのだ。だからこそ、彼女の纏うどこか影がある様な雰囲気からそう予想出来るのだ。
彼女の言う大事な話をするには二人だけの方がいいだろうと、銀時は新八と神楽に席を外させた。二人とも何となく雰囲気を察したのだろう大人しく銀時のいうことをきいた。
一体彼女の口から何を告げられるのか――少し緊張した面持ちでテーブルを挟み向かい側のソファーに座っている彼女をちらりと銀時は見た。彼女は、至って普通に新八が用意した湯のみを手にしお茶を飲んでいる。湯のみから口を離し、そのままテーブルの上に置くと彼女は口を開いた。


「ねえ、銀時はこの世界が好き?」
「え…あ、お、おう」


何を言われるのか身構えていた銀時は、彼女の予想外な質問に吃りながら返答した。


「そう」


彼女はにっこりと笑ってみせる。昔と変わらない笑み――しかし、次の瞬間にはその笑みを引っ込める。無表情とも取れる表情になった彼女にぞわりとしたものが銀時の背中を走る。


「私は、先生を奪ったこの世界が、晋助くんを変えてしまったこの世界が――大嫌いだよ」
「いや、変わったって、アイツ昔からあんなんだったよ…何も変わってねーよ…」
「変わったよ…笑わなくなった」
「え、この前会った時笑ってたけどアイツ」
「銀時」
「?」
「そういう意味じゃない。笑ってないよ晋助くんは…特に攘夷戦争が終わってからは一度だって笑ってない。晋助くんが楽しそうにしてるところ…見たことない」


彼女はそこでテーブルに置いてあった湯のみを手に取りお茶を飲んだ。再びそれをテーブルの上に置くと、湯のみから少し離れたところに置いてあったテレビのリモコンを手にする。


「そろそろ見つけた頃かな…」


リモコンをテレビに向け、電源ボタンを押すとテレビに映像が映る。丁度その時、速報が入りましたとテレビ画面がニュース中継に切り替わった。
ニュース番組のスタジオから女性アナウンサーがニュースを読み上げていく。何気なしにそれを見ていた銀時だが、女性アナウンサーが読み上げていく速報の内容を聞いていくうちにある予想が脳裏を過る。
女性アナウンサーは、詳しい星は不明だが忍びで地球に来ていた天人とその天人と重要な取引をしていた幕府の要人が殺害されたと報道している。犯人は不明だと。
銀時は、視線をテレビから目の前のソファーに座っている彼女へと変える。


「ま、まさかとは思うけどお前…」
「うん、そのまさか。あれ殺ったの私だよ」


悪怯れる様子もなく、さらりととんでもないことを言い放った彼女に銀時は目を見開いた。


「別に誰でもよかったんだけど、丁度よかったから」
「は…丁度いい?」
「うん、私が本気だってことを見せるための犠牲になってもらっただけ。どうせ遅かれ早かれ彼らはこうなる運命だったんだし、最終的な結果には変わりないでしょう?」


至って普通の日常会話をするノリで淡々と語る彼女が銀時には恐ろしく見えた。確かに、攘夷戦争の頃何百という天人を殺してきた。同時に仲間も死んでいった。それを目の当たりにした彼女は、決して命を軽んじる様な性格ではなかった。
今、目の前にいる現在の彼女が語った様な内容を実行する様な人間ではなかったはずだ。少なくとも銀時の知っている当時の彼女は、だ。
彼女は、リモコンを再びテレビへと向け電源ボタンを押した。同時にテレビの映像が消える。静寂が部屋に訪れた。


「銀時、この前の出来事聞いたよ。晋助くんと敵同士になったんだって?」
「…ああ」
「悪いけれど、私は晋助くんの味方だよ。だから、銀時とはこれから敵同士だね」
「……」
「銀時とヅラが晋助くんに宣戦布告したから、私も仕返しに宣戦布告」
「お前…大事な話ってそれをしにきたの?」
「そうだよ。街で歩いていてうっかり私に会ってばっさり斬られないように今後気をつけてね?」


どこかで聞いていたのだろうか、つい先日銀時と桂が高杉に向かって言った言葉が返ってきた。しかも、にっこりととびきりの笑顔つきで。


「お前…それを俺の前で言ってここから無事で帰れると思ってんの?」
「それはここで私に手を出すということ?」
「出さねーとは言ってねェだろ。俺ら敵同士なんだろ?」
「うん、でも、銀時は出さないよ…ううん、手を出せないよ」
「何で、んなこと――」


続きの言葉は彼女の唇によって遮られた。
銀時の言葉の途中で彼女はテーブルの上へ手をつき片脚をテーブルの上へ乗せると、ぐっと身体を銀時の方へ近づけてそのまま唇を重ねてきたからだ。不意打ちといっても過言ではない。彼女の脚に当たったテーブルの上に置かれていた湯のみがこぼれて、広がった中身がテーブルの下へと滴り落ちた。
ゆっくりと銀時の唇から彼女は自身の唇を離していく。


「ほらね、出せない」


くすり、と笑ってみせると彼女は銀時の唇を指でなぞった。


悪魔のような笑みを浮かべた



2013 10 16
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -