彼女は突拍子もなく確信につくことを口にする。どんなに些細なことでも彼女が口に出したそれは、外れたことがない。少なくとも、ウタが彼女と出会ってから外れたところは見たことがなかった。
今のところ百発百中のそれは、彼女が事細かに分析をしてから導いたものではない。彼女に問えば勘という単純な答えが返ってきた。恐るべし勘である。
ウタが依頼されたマスクを作成している傍らで彼女は大人しくそれをじっと見ていた。彼女は特別うるさいわけではないが、今日のように大人しいのは珍しい。いつもは今日自販機で百円玉を拾っただとか同じ道を二回通ったらティッシュ配りの人が二回ティッシュをくれただとかその日にあったどうでもいいことを喋って満足気な表情を浮かべるのが彼女である。
ウタも彼女のそういった話を聞くのは嫌ではなかったし、どうでもいいことだといっても喰種であるウタにとっては彼女が喋るそれが新鮮な内容に聞こえた。何より、彼女の喋りが上手いからなのだろうか、他から見たらどうでもいいことがウタには面白い話に聞こえていた。
珍しく大人しい彼女にウタはマスクを作成していた手を止め、彼女の名前を読んで話しかけようとした瞬間――先に口を開いたのは今まで沈黙を決め込んでいた彼女の方だった。


「ねえ、ウタさんって喰種なの?」


マスクを作成していた手は止めていたはずだった。だが、彼女のその突拍子もない質問に再び手が止まった様にウタは感じた。いや、手だけではない。全身に何か冷ややかなものが一瞬で走って身体中の動きを止められてしまったかの様な感覚がした。


「え…いきなり何で?」


ウタは冷静を保ったつもりだった。至っていつも通りに普通を貫いた。
彼女はそれを知ってか知らずか、じっとウタに視線を向けながらやはりあの答えを口にする。


「んー…勘」
「…君の勘は当たるよね」
「うーん、まあね。なんか喰種ってウタさんみたいな目の色してるらしいって聞いてねー。でも、それはカラコンだって言ってたもんね。外したところ見たことないけれども。あと、私ウタさんが何か食べてるとこ見たことないしなー…なんて思ってね」


いつものように勘と答えた割には彼女は分析をしていた。痛いところをついてくるとウタは思った。
もしも、今ここで彼女の勘は当たっていて自分が喰種だと答えたら彼女は一体どんな行動をするのだろうか?怖がるのだろうか?もう、今までの様にこの場所に来てどうでもいい話をしてくれなくなるのだろうか?何より、ウタは彼女に拒絶されることが怖かった。
思わず沈黙するウタに彼女はそれを悟ったのかあっけらかんと言い放つ。


「ま、別にどっちでもいいんだけどね」
「え…?どっちでもいいの…?」
「うん、喰種なの?とは聞いたけれど、私はウタさんが喰種でも人間でも宇宙人でも妖怪でもはたまた地底人でも魚人でもね、別にいいよってこと」
「ちょっと待って…宇宙人からのくだり変じゃない?」
「例えばだよ例えば」
「……」
「…ウタさん?」


何やら考え込む様な素振りを見せるウタに彼女は首を傾げる。


「うん、じゃあ…ぼくがホントに喰種だったとしよう――」
「へ…?」
「君が言った通り例えばだよ。そうだったら、君はどうする?」


ウタの質問に今度は彼女が考えこむような素振りを見せるのかと思えば、そうではなかった。彼女は何を言ってるのだとばかりに即答を返す。


「だから、別にいいよって言ったじゃん」
「別にいいって……怖がらないの?」
「うん、怖がらないよ。だってウタさんに今まで私が怖がるようなことされたことないもの」
「今後は…するかもよ?」
「しないよ。ウタさんはそんなことしないよ」
「…何でそう言い切れるの?」
「勘」
「……」
「それに、私ねウタさんにだったら喰べられてもいいや」
「…え?」


彼女のその答えに驚いたのはウタである。
ウタが心配していたことなどまるで意味がなかったかの様に彼女は至って普通の調子で言い放ったのだから。ヘラリと軽く笑ってみせると彼女は言葉を続けた。


「あ、でも、殺す時は一瞬で楽に逝かせてね。それから、ちゃんと全部喰べること!」
「……」


冗談なのか本気で言っているのか分からない彼女にウタは何と言葉を返したものかと考える。ウタからしてみれば、彼女のそれは洒落になっていないしやろうと思えば可能なことである。最もウタは、そうしたくはないし、する気もないのだが。


「ウタさーん?」


聞いてる?とウタの目の前でブンブンと手を振ってみせる彼女。その手をぱしりとウタは片手で掴み取った。


「あ、捕まった」
「捕まえちゃった……あのさ、」
「なあにー?」
「…ありがと」
「えーっと…どういたしまして?」


何故お礼を言われたのか分からない彼女は首を再び首を傾げてみせた。


intuizione




2013 6 8

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