たいして強くもないくせに喧嘩っ早いのは昔から変わらない。喧嘩を売る相手をいつも間違える彼女は一歩間違えれば殺されかねない。だから、自分の目の届く範囲、手の届く範囲に彼女を置きたがる。仮に目の届かない場所に彼女がいて、彼女が彼女より強い相手に喧嘩を売れば彼女の命の保証なんてものはないのだから。彼女を自分の側から離さない一つの要因はそれだろうと四方は改めて思った。
それを知ってか知らずか目の前の彼女はまた喧嘩を喰種に売ったらしい。彼女が喧嘩を売るのは決まって喰種なのだ。ここは自分の喰い場だなんとかと適当に理由をつけて。ちなみに、ここビルとビルの間である狭い空間は彼女の喰い場ではない。おそらく彼女の前にいる獲物を食べかけの喰種の喰い場でもないだろう。放っておけばいいものをと思いながら四方は彼女が喧嘩を売った喰種に視線を向ける。名前も顔も知らない喰種ではあるが彼女より強い相手だと一目で分かる。
彼女は彼女が思っているより弱いということに気がついていない。昔から何度も弱いと言ってはいるがそれを一向に彼女は認めようとはしない。強情である。その強情でなんとかなるのならそれでいいのだがなんとかなった試しが今までにない。
結果的に彼女が喧嘩を売った相手をどうにかしてきたのはいつも四方である。彼女は目の前の喰種に噛みつかんばかりの勢いで、赫子をちらつかせている。強そうに見えるのは見た目だけである。はったりだ。このはったりだけなら一流に見えなくもない。相手から反撃された瞬間に彼女は何も出来ずに終わるのだが。仕方がないと軽い溜息を一つ落とすと四方は彼女の頭の上に手を置いた。


「!?」
「大人しくしていろ」
「よ、四方…!だ、だって…あいつが…」
「悪いのはお前だ。少し黙ってろ」


ポンポンと軽く頭を撫でると彼女は大人しくなる。これも昔から変わらない。今回もそうすると彼女は不満そうな表情をしているものの大人しくなった。
さり気なく彼女を四方は自分の背後に隠すと彼女が喧嘩を売った喰種に視線を向ける。
口の周りを赤く染めていかにも食事の途中だった喰種は四方に殺気を向けてくる。そりゃあ、食事の途中を邪魔されたあげく彼女に理不尽な喧嘩を売られたのだから苛ついていて当然だろう。


「何だてめえ…?」
「悪いな…邪魔をした」
「それで済むと思ってんのか…?」
「いや…」
「だったら話は早ェよなァ…!」


勢いよく四方に殴りかかってきた喰種の拳を受け流すとそのまま喰種の首の後ろに打撃を一発。瞬間、喰種は白目を向いて地面に崩れ落ちた。


「わ…!死んだの?」


地面に伸びている喰種の側にしゃがみ込んで指で突く彼女。おそらく彼女はこの原因が自分だということが既に頭の中にないのだろう。でなければこの様に喰種の側にしゃがみ込んで突いたりはしない。


「殺してはいない」
「ふうん、じゃあトドメは私が…」
「やめろ」
「ええ、何で?」
「何でじゃない。放っておけばいい」
「えーつまんない…」
「お前…いい加減にしろ」


いつものことながら流石に彼女に呆れ返ってきた四方が彼女をぎろりと睨みつける。


「!?」


驚いたような顔をした彼女はすぐに謝罪の言葉を口にした。喧嘩っ早い彼女ではあるが、四方には喧嘩を売ったことがない。四方には勝てないということだけは理解しているのだろう。四方以外でも彼女が喧嘩で勝てる相手はまずいないのだが――それを理解していないのは彼女だけである。


「おい、置いて行くぞ」


しょんぼりと項垂れている彼女に声をかける。


「ま、待って…!」


地面に伸びたままの喰種に背を向け歩き出した四方の背中をすかさず追いかける彼女。まるで飼い主に置いていかれないようにと必死で着いていく子犬の様である。
四方の少し後ろまで追いついた彼女は四方の服を掴む。


「四方、歩くの早い」
「お前がトロいだけだ」
「トロくない…!」
「……」
「その沈黙は何だ!?」
「…うるさい」
「うるさくない!」


ぎゃあぎゃあと喚き始めた彼女を横目によくこんなに喋るものだと四方は思う。口数の多い方ではない四方に比べ彼女はその何倍も一日に喋る。うるさくもあるが、一人で勝手に喋っている彼女を見ていると退屈もしない。何より飽きないのである。


「ねえ、四方聞いてる!?」
「ああ」


聞いている、と四方がポンポンと軽く彼女の頭を撫でれば満足そうな表情をしてやはり大人しくなった。


側に置く理由




2013 5 3
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