風が強い。昼間からびゅうびゅうと吹き荒れる風は、夜になってもその勢いを弱める気配をみせない。寧ろ勢いが増した気さえする。
夜の闇の中、昼間とは違うごうごうと不気味な音を響かせる風はまるで何かの怪物の鳴き声を連想させる。孤独な怪物が声を上げ暴れまわっているような――そんな姿をいつも想像してしまう。
季節は、春だ。春に、今日の様に風が強い日は多い。春疾風というらしい。言葉としてはかっこいいが、春が訪れる度に何度も強風に吹かれては迷惑でもある。仕方ないとは分かっているけれども。
相変わらず外からごうごうと吹き荒れる風の音が聞こえてくる。この風は明日の朝まで続くと、先程テレビを付けた際に天気予報士が言っていた。寝ようと思い今はテレビを付けていないので、しんと静まり返った部屋に風の音だけが聞こえてくる。時折がたがたと風が窓を揺らす音にびくり、と反応してしまう。
昔から、風の強い夜が苦手だった。昼間は平気なのだけれど、どうも夜になると苦手なのだ。さっきも言った様に、風の音が怪物を連想させるからというのもあるが、夜の闇と共に全てを破壊していってしまいそうな、そんなイメージが苦手なのだ。風が全てを吹き飛ばして、辺りには何も残さない、灯りの一つも残さない、視力がなくなってしまったのかと思ってしまう様な真っ黒な闇だけ――そうなったらどうしようかと、昔から考えてしまう。考えないようにしようとしても、外から聞こえてくる風の音がそれを邪魔してくる。
寝ようと思い布団に入ったけれど、全く眠れない。がばりと掛け布団を剥がし起き上がった瞬間――ピンポーンとインターホンが鳴った。


「!?」


思わず時計を確認する。時刻は夜中の十二時を少し過ぎていた。こんな時間にやって来る知り合いなど心当たりがない。出て行こうか無視をするか決めかねていると、再びインターホンが鳴った。外からは未だ風の音がごうごうと吹き荒れる音がする。そして、二回目を鳴らしたのを皮切りにいるのは分かっているんだ早く出ろよと言わんばかりに何度も鳴らされるインターホン。
普段なら絶対に出ないのだけれど、こう何度も夜中にインターホンを鳴らされては仕方がない。うるさいと文句の一つでも言ってやろうかと玄関に向かい、鍵を開け戸を開くとびゅうと風が舞い込んできた。一瞬目を瞑って開く、視界に入ってきたのは思いもよらない人物だった。


「た、高杉!?」
「よぉ」


にやり、と口角を上げて相変わらずの笑みを浮かべている高杉に開いた口が塞がらなかった。ぽかんとしている私に高杉は「アホ面」と一言。


「なっ…!?」
「いいからさっさと入れろや。風がうぜェ…」
「ちょ、ちょっと…高杉!?」


私をぐいぐいと部屋の中に押し込めて、半ば無理やり部屋に入ってくる高杉。丁寧に玄関で草履を脱いで、布団の側にあった座布団の上に腰を下ろす。玄関にきちんと履きやすい様に揃えられている高杉の草履を見て、伊達にボンボンではないのだなと思った。そういうところはちゃんと躾けられたのだろう。高杉が箸の持ち方も筆の持ち方も綺麗だったことを思い出した。


「おい、いつまでそんなとこに突っ立ってんだ?」
「ああ、うん…待って、鍵を…」
「鍵ならかけた」
「え?あれ?ホントだ」


いつの間にかけたのかしっかりと鍵がかけらていた。器用な真似をするものである。
再び高杉の方に視線を向けるとテレビを付けて寛いでいた。いつもそうしているかの様に、そうすることが当たり前の様に――とても、初めて人の部屋を訪れた人がすることとは思えない。
攘夷戦争が終わってから、今まで何の音沙汰もないままだった。今も攘夷活動をしていることは知っていた。手配書も何度か目にしたことはあった。けれど、いざ久しぶりに高杉を目の前にするとちゃんと生きていたことに安堵する。死んだと聞いたわけではないけれど、何しろずっと音沙汰がなかったのだ、もしかしたらもうこの世にいないのではないのだろうか?そんな考えが浮かばなかったといったら嘘になる。
とりあえず寛いでいる高杉から少し離れた位置にとりあえず腰を下ろした。


「ねえ、いきなりこんな夜中に押しかけて何の用なの?」
「いきなりじゃ悪ィのかよ?」
「悪いとか悪くないの前に時間帯を考えようね。今何時だと思ってるの?夜中の十二時過ぎてるからね!それなのに、あんなにピンポンピンポン連打するし、うるさいから文句言おうとしたら高杉だし、ずっと何の連絡も何もなかったのにいきなり来て何事もなかったかのように普通にテレビ見てるし高杉何なの?ホント、意味分かんない…」
「ククッ、言いてェことはそれだけか?」
「…」
「お前も変わらねェな…昔から、言いてェことがあると一気にそうやって捲し立てる。まあ、元気そうで何よりだ」
「……高杉も」
「ああ」
「…」
「おい、」
「何?」
「んな離れてねェで、もっとこっち寄れや」
「な、何で?」
「怖ェんだろ?」
「え…?」
「お前昔言ってたじゃねェか…今日みてェな風の強い夜は怖いってよ」
「い、言ったけど…覚えてたの?」
「いや、たまたま思い出しただけだ」
「たまたまって…」
「おら、さっさと来いよ…せっかく来てやったんだぜ?」


ぽんぽんと自分のすぐ隣を叩いて、ここに座れと促す高杉。それを見てなんだかほっとした。高杉が来てから風のことは気にならなくなっていたというのもあるのだけれど、昔馴染みが側にいてくれるということに安心する。そりゃあ、こんな夜中にいきなり押しかけてくるのは今後は勘弁してほしいけれども。
促されるままに高杉に近づいてすぐ隣に座った。ちらりと隣を見れば、瞬間ぽんっと頭に高杉の手が乗った。


「!」


そのままゆっくりと私の頭を撫でてくる。赤ん坊をあやす様に撫でる高杉の手つきはひどく優しい。
じんわりと何か温かいものが身体中に広がっていく様な気がする。気がつけば高杉が来る前に感じていた不安は、あの強い風がどこかに吹き飛ばしてくれたかの様になくなっていた。
私が風の強い夜を苦手だということをたまたま思い出したから来てやったと高杉は言った。今までにも風の強い夜は何度もあったのだから、今回高杉がたまたま思い出したのは本当のことなのだろう。それでも、こうして来てくれて側にいてくれるのは嬉しい。口元が自然と緩んでいく。今夜は久しぶりにいい夢がみれそうな気がしてきた。


春疾風

(おい、もたれてくんじゃねーよ。信じらんねェ…こいつ寝やがった。無防備すぎだろ…)



2013 4 2
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