バタバタと大きな足音が甲板に響く。同時に忙しなくキャプテン!と船長であるローを呼ぶペポの声も響き渡った。その声に余裕はなく、焦りが伝わってくる。
ローがどうした?と甲板に出向き、ペボに尋ねればベポの腕の中には一人の女が。彼女は紛れもなくハートの海賊団の一員である。ベポの腕の中でぐったりとしている彼女はぴくりとも動かない。死んでしまったのかと思ってしまうほどだ。そんな彼女を一目見、真っ先に目を引くものがある。彼女の目を覆うように雑ではあるが、巻かれている彼女が着ていたカーディガンである。薄手のそれはよく見ればじんわりと赤く血液が滲んできている。
ローは半分泣いているベポを落ち着かせながら、何があったのか事の経緯を聞けば――彼女は両の目を奪われた、と。ベポはぐずりながらも、はっきりとそう言った。
出かける前にはあった確かにそこにあった彼女の両の目が何故そのような状況になったのか、誰にやられたのか、気になるところはあったものの、それよりもまず彼女の処置の方が先だと、ローはベポにそのまま彼女を医務室まで運ぶように支持をした。



***



彼女の処置を終えたローはベポから詳しい経緯を聞いた。
久しぶりに街に着いて、ベポと出かけて行った彼女をローは見送ったのだ。その数時間後が冒頭となる。
街に繰り出したベポと彼女は店を見て回っていた。ベポは主に彼女の買い物に付き合わされているといった方が正しいのかもしれないが。
そんな中、目を引く一団があった。街の賑やかな雰囲気とは明らかに異質。街の色から浮いた派手な格好をしているその一団は、人々の目を引いていた。彼女は、その一団を目にした途端に最近噂に聞く海賊団であるとすぐに察知した。いい噂は聞かない。彼女の耳に入ってくる噂は悪趣味なものばかりだった。何か騒動に巻き込まれては面倒だと彼女は、その一団に気付かれない様に、違和感がない様にベポの腕を引き、一団から遠ざかろうとした。しかし、遅かった。
一団のうちの一人に気付かれたのだ。最も、気付かれた要員としては彼女が、というよりはベポの存在が大きい。海賊団の存在も十分目立っていたが、白熊であるベポに存在も十分目立っていた。
それからの展開は早い。彼女はベポと逃げようとした。逃げようとしたのだが、彼女は戦闘員としては強い部類には入らない。下っ端相手になんとか自分の身を守れる程度の強さしか持ちあわせていない。
ベポ一人なら一団相手に逃げ切れたかもしれないが、最近噂になっているだけあり各々がなかなかの手練れなこともあり、ベポが逃げながら数人を相手にしている間に彼女は捕まってしまった。一団の中の船長と思わしき男に。
捕まった彼女が逃げようとするが、両腕をがっしりと掴み上げられ阻止される。男にしてみれば、彼女がいくら逃げようともがこうがたいしたことはない。
捕まえた彼女をまじまじと上から下まで舐めるように見た男はにいっと不気味な笑みを浮かべ、気に入ったと一言。男の部下達はそれを聞き、またあれするんですか?と下卑た笑いを浮かべる。
ぞわり、ベポは背中に何か嫌なものを感じて、彼女を助けようとするがそれは数人の男たちに阻まれた。それでも、なんとか感じた嫌なものが現実になる前に彼女を助けようと必死に阻んでくる男たちを相手にするが、相手もなかなかの手練れだ、そう上手くはいかない。
そうしている間に、彼女を捕まえている男は不気味な笑みを浮かべながら彼女の顔に手を伸ばす。正確には、彼女の目に。それを煽る周囲。何をされるのか予想するまでもなく、恐怖でしかない彼女は泣き叫んだ。ベポはやめろ!と叫ぶことしか出来なかった。
男の手は止まることなく彼女の目に真っ直ぐに――そして、そのまま指で彼女の眼球を抉り出した。片目だけではなく続け様にもう片方の目も。
手にした彼女の眼球を男の側にいた部下が差し出した瓶の中へと入れて、嬉しそうにコレクションがまた増えたと口にした。
両目を抉り出された彼女は恐怖と痛さで気を失ってしまっている。男はそんな彼女を用済みだとベポの方に向かって放り投げた。
ベポは彼女を抱きとめ、その顔を見て泣きたかった。眼球が抉り出されそこに空洞しかない彼女の顔に彼女が着ていたカーディガンを巻き、すぐにでもその男を殺してやりたい衝動に駆られたが、彼女の治療をすることがまず先だと船へと急いだのだ。
一団は、後を追っては来なかった。あの男が彼女の両の目を抉り出してから、あれほどベポが彼女を助けようとしていた時に邪魔をしてきた男たちも静かになったのだ。目的は、端から彼女の両の目だったと――そういうことなのだ。


「キ、キャプテン…」


ベポは経緯をローに話終えると、明らかに怒っているローに恐る恐る声をかけた。
彼女を守れなかった自分にも情けなくて腹が立つ。ローが怒っている理由もそこにあるのだろうと、そう思いベポは謝罪の言葉を口にする。謝ることで、彼女の両の目が元通りになるわけではなかったが、やはり謝らずにはいられなかったのだ。


「…ベポ、何でお前が謝るんだ?」
「え…だ、だって、おれが…おれが守れなかったから…」
「けど、お前が悪いわけじゃねェだろう?」
「…でも、」
「悪いのはそいつらだ」
「…」
「ベポ、少し留守にする。こいつの世話を頼む、いいな」


ぽん、と項垂れているベポの頭に手を置くとローは立ち上がり医務室を後にする。
ベポにはローがどこに向かったのか分かった。分かったが、ローを引き止めることも自分も付いて行くと言うことも何も出来なかった。
不甲斐ない自分にやはり腹が立つ。けれど、今はローに頼まれた彼女の世話をしっかりやり遂げようと両の目をぐるぐると包帯で覆われている彼女が横たわるベッドの側に座り込んだ。



***



「……え?」


目が覚めた彼女が数秒後にに発した第一声だった。
あの出来事は彼女の記憶にはっきりと残っている。消えることのない恐怖。だが、しかし、今のこの状況は覚えている記憶とは矛盾している。彼女の記憶のままならば、彼女の目は何も見えなくなっているはずだ。目の前に広がるのは暗闇になるはずだった――けれど、彼女の目には見慣れた医務室の天井が映っている。


「…見える」


はっきりと見える。今までと何一つ変わらずに。


「起きたか」


自分にかけられた声がした方に横になったままで顔だけを向ける。そこには、ローがベッドの横に椅子を置き座っていた。


「ロー…」
「気分はどうだ?丸二日寝ていたが」
「え…二日…」
「まあ、無理もねェだろうな…」


ローはそっと手を伸ばすと、彼女の頭を優しく撫でる。


「あんな目にあったんだ…怖かっただろう」
「…うん」
「……悪ィな」
「? どうしてローが謝るの?」
「…これじゃあベポと同じだな」
「え?」
「お前のその台詞、二日前におれがベポに言った」
「あら…――あのね、ローもベポも責任を感じることないよ。…あの場から私をローのところへ連れてってくれたのはベポで、目…治してくれたのはローでしょ?」
「ああ」
「ありがとう」


彼女はふわりと微笑みながら礼を口にした。二日間眠りについていたといっても、はっきりと二日前のあの出来事が記憶にある彼女が目を覚ましてすぐにそんな表情が出来る辺りやはり彼女も海賊なのだ。戦闘能力が高いとはいえない彼女だが、精神的には弱くない。
かなり強い部類に入るといっても過言ではないだろう。


「ねえロー、聞いてもいい?」
「何だ?」
「この目は一体どこから…?私の…じゃないよね?」


何か感じるところがあったのだろう、少し考える素振りをしてから彼女はそう聞いた。
確かに、彼女の感じた通りに今の彼女の目は色、形、全てが彼女の元々の目を同じではあるが元々の彼女の目ではない。抉り出された彼女の目は、ローがあの海賊団のところに乗り込んだ時はもう既になかったのだから。


「フフ、聞きてェか?」


意味深な笑みを浮かべるローの顔を見て、彼女の顔が少しだけ引きつる。
彼女の経験上、ローがこのような笑みを浮かべる時は大概がろくな事ではないことが多いからだ。この場合はおそらく、ろくな話ではないのだろう。
予想の範疇ではあるが、あの海賊団は今現在この世に存在してはいないだろう。考えうる最悪な形で、えげつない形で、おそらくあの海賊団が彼女にしたことよりもより悪趣味で残虐な形で――


「……ううん、気になったけれど、やっぱり遠慮しておく」
「ああ、賢明な判断だな」


The chipped parts




2013 2 25
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -