彼女との最初の出会いは、どのくらい前だったのか覚えていない。気がついたら、ぼくの店に今現在のように遊びに来るようになっていた。どうやら懐かれたらしい。
彼女との出会いがどのくらい前かは覚えていないといったが、彼女と最初に出会った出来事ははっきりと覚えている。ぼくの店の近くで喰種に絡まれていたのを助けた。それが一番最初だ。どうして助ける気になったのか――はっきりした理由はない。ただ、あの時あの場で助けを求める彼女を見捨てることが出来なかった――いや、見捨てちゃいけないような気がしたからだ。だから助けた、それだけ。
彼女は、あの時に自分が絡まれていたヤツらを喰種だったことは知っている。けれど、ぼくが喰種だということは知らない。彼女を助ける時に赫子は使わなかった。使う必要のないヤツらだったからだ。ぼくの容姿を見ても特に驚いた様子も怖がる様子も見せることはなかったし、思えば最初から人懐っこかった気がする。ちなみに、ぼくの目については彼女はカラーコンタクトレンズだと思っている。以前に聞かれた時に、そう答えたら何の疑いも抱かずに信じてくれた。信じている素振りをしているだけかもしれないけれど、それならそれで別に構わない。彼女がここに来なくなること、ぼくと話してくれなくことの方が今は怖い。こんな感情を彼女に抱いている自分に気がついた時は驚いたけれど、嫌な感じはしなかった。
元々、人間を相手にするのはドキドキして楽しいと感じていたこともあるからかもしれない。それとも少し彼女に感じているモノは違うのだけれど。このドキドキは明らかに違う。そして、それを知らないほどぼくも鈍くはない――彼女に抱くこの感情の正体をぼくは知っている。
ぼくの感情を知ってか知らずか彼女は今日も店に遊びに来て、何の迷いもなくぼくのすぐ隣に座っている。いつもそうだ、けれど、今日は少し距離が近い気がした。


「…あんまり近くに寄られると困る」


思ったことをつい口に出してしまった。


「ご、ごめんなさい…!」


彼女は、驚いたような顔をしてすぐにぼくから離れた。その後で、戸惑ったような表情をしている。何を言ったらいいのか迷っている――そんな表情。
ぼくは彼女にそんな表情をさせたかったわけじゃない。ただ、彼女が近くに寄っていると彼女から匂ってくる甘いような芳しい匂いが鼻孔を擽ってきて正直辛い。お腹が減っているわけではない。空腹は感じない、それでも、彼女のその柔らかそうな白い首筋に噛み付いてみたいと思ってしまうのは本能だ。そうしないのは、ぼくの理性。仮に本能のままに、彼女にそれをしてしまったらぼくの本能は満たされるだろうけれど、ぼくの想いは満たされないだろう。きっと、後悔だけがずっとぼくをしつこく付き纏ってくるに違いない。
彼女に対する想いと、ぼくの喰種としての本能が葛藤する。
彼女はぼくの葛藤など知らずに、困惑している。理由も言わずにいきなりあんなことを言ってしまったのだから、当たり前だ。


「ゴメン…きみが嫌いだからっていう理由じゃないから大丈夫」
「え?」
「上手く言えないけど、困るのはぼくの事情だから…きみは悪くないよ」
「は、はあ…」
「だから…これからも仲良くしてほしいな」
「! 勿論です!」


途端に嬉しそうに笑う彼女にぼくの口角も自然に上がる。
やっぱり彼女には笑っていてほしいし、こうやってずっと彼女と一緒にいたいな――そう思ってしまうほどにぼくの中で彼女の存在は随分と大きくなっているようだ。でも、ずっと一緒に、ということはいつまでもぼくが喰種であることを黙ってはいられないということでもある。
どのタイミングで彼女に打ち明けようか?打ち明けて彼女に嫌われたらどうしようか?彼女に怖がられたらどうしようか?彼女が捜査官を連れてきたらどうしようか?色々考えてはみるけれど、今はまだその時じゃないような気がする。だから、もう少しだけ待っていてほしいんだ。



まだ秘密のままで

(いずれ話すよ。怖いけど、きみになら知られてもいい――ぼくが喰種だって)



2013 02 21
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