「うーん、この話…好きにはなれないなあ」


たった今読み終えたばかりの本を閉じながら、出た一言だった。
私のそれに、隣で同じ様に本を読んでいたローが本から視線を私に移した。


「へェ…どんな話だ?」


パタン、と読んでいた本に栞を挟み閉じると、そう聞いてきた。話を聞く態勢だ。どんな内容なのか興味があるらしい。
私は、読み終えたばかりの本をペラペラと軽く捲りながら話の内容を簡単に説明していく。
主人公はとある一人の女である。その女には、親しくしていた男がいたのだが男がある日面倒事に巻き込まれた。すると、男は自分の責任を全て女に擦り付けたのだ。
女は絶望した。ショックだった。男を信頼しきっていたのだから。少なからず好意も抱いていた。男の方も女が抱いていたような感情を持っているのだろうと思っていた。しかし、自惚れだった。男はそんな感情を一切抱いてなどいなかったのだ。男は女の前から姿を消した。
追い打ちをかけるように、女に男が擦り付けた責任がついて回る。それのせいで、世間から女に向けられる非難の視線。耐えられなくなった女は住み慣れたその街を後にした。
行き先の決まっていない女は様々な街を転々とする。そうして辿り着いた小さな街でゲームに巻き込まれるのだ。
そのゲームは生き残るためには何でもありのサバイバルゲーム。範囲は街の中のみ――文字通りに何でもありだ。自分が生き残るために、相手と協力しても、裏切っても、殺しても、騙しても、利用しても、何をしても構わない。生き残れば勝ち。勝者には、大金とその後の生活が保証される。ただし、世界中いつどこで開催されているか分からないそのゲームの勝者が次に行われるゲームに指名しない場合、だ。指名されれば、勝者であっても次に開催されるゲームに参加させられる。そういうルールだ。
女はたまたま足を踏み入れたその街でそのゲームに巻き込まれた。果たして本当に、たまたま、だったのか誰かが女を嵌めたのかは不明である。
ゲームに参加することになった女は、あの男に再会する。勿論、女は殺そうとするが男は巧みな話術で女を騙すのだ。見事に騙される女。二人で協力してゲームをクリアしていく――そう思っていたのは女の方だけだった。男にそんな気は全くなかった。
だから、女がミスをして敵の罠にかかった時、男は即座に女を見捨てた。女は再び裏切られたことにショックを受ける。それが今度は絶望ではなく憎しみに変わった。怪我をしながらも、なんとか罠から抜け出した女はゲームを再開する。今度は一人で。目的をゲームをクリアすることから、男への復讐に変えて。
そうして、終わりに近づいたゲームの中でまた再会したのだ。女は今度こそ騙されるものかと、男を殺そうとする。恐るべき女の憎しみである。男を追い詰めた女は、倒れた男の上に馬乗りになり首筋にナイフを突きつけた。あと、数ミリナイフを動かせば男を殺せる――そこまできて男は助けてくれと泣きながら懇願してくる。
女は葛藤する。男の首筋にナイフを突きつけたまま少しの沈黙が流れる。それは男にとってはとてつもなく長い時間に感じた。助けてくれと懇願する。女はその声をかき消す様に、自分に気合いを入れるかの様に大声を発しながら首筋に突きつけていたナイフを高く振り上げた――次の瞬間、ガキン!と音がした。男には刺された痛みがこない。恐る恐る閉じてしまった目を開いて見ると、男が倒れている石畳の上にナイフが落ちている。泣き崩れている女。結局、女はまた男を殺せなかったのだ。


「殺せなかった理由は、やっぱり女が男を愛していたから――だって」
「…」
「ばっかみたいだと思わない?せっかくの殺せるチャンスなのに、自分が何をされたのか、あの憎しみは何だったのか…私には納得いかない話だった」


パタン、と本を閉じた。
すると、今まで黙って私の話を聞いていたローが口を開く。


「お前は、もしも、その男と同じことをおれがしたらどうするんだ?」
「え?」
「そいつと同じ様に殺せないのか――それとも、殺せるか?」


やっぱりその質問がくるのか――この話をしたらローならばそう質問してくると予想していた。


「殺せるよ」


にやり、と笑って答えればローも私がしていたように予想していたのだろう。軽く笑いを漏らした。


「フフ…お前はそうだろうな」
「当然でしょ?やられたらやり返さないと気がすまない。じゃあ、ローはどうなの?ローがその立場だったら、どうするの?」
「おれか?――そうだな、追い詰めて死んだ方がマシだと思うような屈辱を味わわせてやる。もう殺してくれと泣きついてきても、暫くは殺してやらねェな…」


言いながら愉しそうに口元を歪めるローにぞわっと鳥肌が立った。
ローなら間違いなくする。おそらく、今言った以上のことをこの人ならやるだろう。


「悪趣味…」


思わず漏れた私の言葉にローの笑みが深くなった。


cattivo gusto

(そんなおれについてきたお前も悪趣味なんじゃねェか?)
(そうきますか…)



2012 12 24

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