情報屋の仕事が終わり、彼との待ち合わせ場所へと向かう。
この街で有名な人物の銅像前。待ち合わせ場所にはもってこいのこの場所には、他にも沢山誰かと待ち合わせをしている人々がいた。
その中にまだ彼の姿はなかった。
少し待っていれば来るだろうと思い、私もその沢山の誰かを待っている人々の中の一人となる。
数分が経った頃に、柄の悪い二人組の男に声をかけられた。私を情報屋として声をかけてきたのかと思ったが、彼らの話を聞いているとそうではないらしい。これはただのナンパである。人を待っているのだと言っても、少しだけで構わないからと彼らは引いてはくれない。終いには、私の手首を掴むと無理やり連れて行こうとしてくる。
掴まれている手首が痛い。私の力では振り解けないだろう。困った。彼と待ち合わせをしている手前この場所を去りたくはない。何より、仕事でもないのにこの二人組を相手にする時間が無駄である。
どうすべきか?と考えを巡らせていると私の手首を掴んでいた男の腕がよく知っている人物の手によってがっしりと掴まれた。
「おれの女に何か用か?」
普段より更に低い声とぎろりと見下ろされた彼の視線に、私の手首を掴んでいる男は驚いた悲鳴にも似た声を上げる。
「さっさと離さねェか」
ぎりっと音がしそうな勢いで彼は男の腕に力を込めた。
瞬間、男が掴んでいた私の手首は解放された。手首には少し掴まれた痕がついているが、時間をおけば消えるだろう。
「失せろ」
男の腕を離しながら、彼が一言そう言えば完全にびびり上がっている二人組は逃げて行った。
「助けてくれてありがとうございます、クロコダイルさん」
「お前は……いつもいつも絡まれてんじゃねェよ」
「すみません。でも、絡んでくる方が悪いんですよ。何なんですかねー」
どちらからともなく歩き出す。
目的地は、彼が用事があるという人物が待っているバーだ。
その人物が誰なのかは私は知らない。彼には、お前もついて来いとだけ言われている。
道すがら私は先程から気になって仕方がない彼の発言について、隣を歩く彼に質問をぶつけることにした。
「クロコダイルさん……さっきの発言なんですけど、私ってクロコダイルさんの女だったんですか?」
「……」
「知らなかったんですけど……えっいつの間に?」
「……」
無言。
沈黙を貫き通すつもりらしい。ちらりと彼の表情を伺ってみたが、特に変化はなかった。
「もーこういうのはっきりさせてくれないと困ります!」
「……」
「ものすごいイケメンに迫られた時とかどうすればいいんですか!?誘いにのっていいんですか!?悪いんですか!?」
「……おい」
「何ですか?」
「そんな野郎がいるのか?」
「もしもの話ですよ。この先何が起きるか分からないじゃないですか?どこぞのお金持ちなイケメンに迫られる可能性も……」
「馬鹿か……」
呆れた様に溜息を吐かれた。
あり得ない話ではないかもしれないというのに、そんな呆れ果てた様な態度をしてくるとは失礼ではないだろうか。
抗議をしようと口を開きかけたタイミングで名前を呼ばれたためそれは阻止された。
「名前」
「は、はい!」
「他にお前を渡す気はねェ……こう言や満足か?」
思わず耳を疑ってしまう。
驚いて目をぱちくりさせている私に彼の視線が降ってくる。
「何だ、不服か?」
「ち、違……!?」
「じゃあ何だ?」
「……驚いただけです。えへへ、嬉しいです」
今、私の顔は確実に緩みきっているだろう。
だってまさかすぎるではないか。
きっと絡まれていた私から二人組を離すのにそう言った方が都合がいいという理由が返ってくると思っていた。もしくは、適当にはぐらかされるとも思っていた。
けれど、実際に返ってきたのはそのどちらでもなかった。
もしかしたら情報屋としてという意味かもしれない。それでも構わない。他に私を渡す気はないという彼の言葉が素直に嬉しい。
「名前」
「はい」
「いい加減にその緩みきった顔をどうにかしろ。そのまま行くつもりか?」
「えっ?」
はっとして周囲を見渡してみれば、どうやら目的地に着いていたらしい。
バーの入り口である地下へと続く階段の前に私達はいた。
彼の言葉が嬉しくて周囲の様子が見えていなかったことに驚いた。深呼吸をして両頬を軽く叩いて気持ちを切り替える。
地下へと続く階段を降りていく彼の後ろ姿を追いかけた。
2019/09/23