グランドラインにあるとあるギャンブルの街。そこのとあるカジノで私はポーカーをしていた。
順調に勝ち続けているが、あまりに勝ち続けているとイカサマを疑われる。だから辞め時、というものがあるのだ。
今回でいえば、この勝負が終わったらその辞め時になるだろう。

「ロイヤルストレートフラッシュでーす!」

この場で間違いなく一番強い手を出す。
相手は思いっきり顔を顰めた。勝ち分を貰うと私はその場を後にする。
違うゲームをしてもいいが、私が勝つために仕入れてきた情報は今のポーカーの分だけだ。他のゲームをして、せっかく勝った分をパーにしてしまうなんて馬鹿な真似はしたくない。
あとはのんびりカジノにいる客から情報収集でもして帰路につこうかと思っていると背後から声をかけられた。

「随分と景気がいいじゃねェか」

振り返ると、そこには葉巻を加え高級そうな服装に身を包んだいかにも悪巧みを考えている様に見える人物が立っていた。
勿論、私はその人物を知っている。といっても、実際に会ったのは今が初めてだ。写真や彼に纏わる噂や情報はある程度知っているだけだ。

「これはこれはサー・クロコダイルさんですよね。お会い出来て光栄です!」

握手をしようと手を差し出してみたが、それは見事にスルーされた。

「……」
「おれのことは知っているようだな。流石、情報屋といったところか。さっきのあれもお得意の情報ってやつか?」
「さっきの……?ああ、ポーカーですか。そうですね、あれくらい事前に調べた情報でどうにか出来ますよ。相手の癖は全部把握済みなんで、あとはどうとでも!」
「ほう」

まさかそれだけを聞くためだけに私に声をかけたのではないだろう。
わざわざ私に声をかけてきたのだから、それは何か欲しい情報があるからに違いない。

「それで、何の情報をお求めですか?」

そう聞けば、彼は口元に怪しげな笑みを浮かべてみせた。
仕事の話をするのに周囲に人がいない方がいいだろうと、カジノのVIPルームを一つ貸してもらうとそこで彼から依頼を聞いた。
彼が求めている情報は調べるのに少し時間がかかること、金額も高額になることを伝えたが、顔色一つ変えずに構わないと彼は口にした。
提示した額を払えない客はお断りだが、きちんと払ってくれるというのならこちらもきっちりと仕事をする。彼との契約は成立した。

「では、一週間後の同じ時間にまたここに来ていただけますか?」
「あァ」

仕事の話が終わるとすぐにソファーから立ち上がり、VIPルームを後にしようとする彼の背中に慌てて声をかける。

「あっちょっと待ってください!」
「何だ?」

彼は足を止めるとこちらに振り返った。

「あの!お願いなんですけど、サインを貰ってもいいですか?」
「……は?」

彼の眉間に深く皺が刻まれる。
物凄く冷ややかな視線を向けられた。

「だってクロコダイルさん七武海で有名人じゃないですかー。有名人に会ったらサイン貰うじゃないですか!だからお願いします」
「……」

にっこりと営業用の笑顔を向ければ、眉間に刻まれていた皺は少しだけ緩んだが代わりに呆れた様に葉巻の煙を吐き出した。
そして、そのまま私へ背を向け向けるとVIPルームから出て行ってしまった。
一週間後、彼が依頼した情報を渡す時にもう一度サインをねだってみたが、彼がサインをくれることはなかった。
これが私と彼の出会いである。



アラバスタでの一件については驚いた。
私はあの時アラバスタにはいなかったので後にそれについて知ったのだが、まさか彼がまだ駆け出しの海賊に倒されるとは一体誰が予想出来ようか。
彼は何かと仕事の依頼をしてくることが多く、何度か取引をすることがあった。その過程で、彼がアラバスタで企んでいたことにはおおよそ察しがついた。
だが、それを彼に勘付かれたら私は消されるだろう。何も気が付いていないふりをしなければならない。だから、しらばっくれた。
彼を上手く騙せていたのかまでは分からない。分からないが、彼は私を消さなかった。消す前に、あのアラバスタでの一件が起こっただけかもしれないが。
お陰で私は今もこうして情報屋を続けている。
しかし、大事な得意先の一つであった彼がいなくなってしまったのは大変痛手であり残念でもあった。
同時に、インペルダウンに幽閉された彼にはもうきっと会うこともないのだろうという事実が少しだけ寂しさを感じさせた。
仕事での付き合いだが、長く付き合っていくうちにそういう情が生まれてしまったのだから仕方がない。
かといって、戦闘力においては皆無な私には出来ることは何もなかった。私はただの情報屋だ。いつもと変わらない日々が続いていくだけだった。
そんな折、マリンフォードでの一連の出来事に彼も参加していたという情報を得た。マリンフォードのあの大事件に参加していたということは、つまりインペルダウンから脱獄したということになる。どうやって脱獄したのかまでは分からないが、彼が牢獄から出て来ているという事実を嬉しいと感じている私がいた。
普通は、牢獄から囚人が脱獄したと聞けば不安になる。彼は私にとっては大事な得意先の一つであったが、世間一般から見れば極悪人になるのだろう。そんな彼が脱獄したと聞いて、嬉しいと感じてしまうのだからいよいよ私もいかれている部類になってしまった様だ。
マリンフォードのあの大事件の後のことまでは分からないが、彼ならばきっと無事にマリンフォードから逃げ出せているだろう。再度インペルダウンに収監されたという情報はどこを探っても出てこなかったのがその証拠だ。
ならばまたどこかで会う機会もあるかもしれない。そう思うと、少しだけ今後の楽しみが増した気がした。



仕事で立ち寄ったとある街のカジノに私はいた。
問題なく仕事を終え、せっかく立ち寄ったのだから少し遊んで行こうとカジノに赴いた。
事前に情報を仕入れておいた相手とポーカーに興じ、怪しまれないところで引き上げる。勿論、今回も余裕で勝たせてもらった。
ホテルに戻ろうかと歩いていると、背後からよく知っているそれでいて久しく聞いていなかった声に呼び止められた。

「今日も随分と景気がいいじゃねェか」

足を止める。
この台詞には覚えがある。そう、これは初めて彼に出会った時と同じだ。
私は緩みそうになる頬を必死に堪えながらゆっくりと振り返る。そこには、待ち望んでいた人物が初めて出会った時となんら変わらない姿でいつもの様に葉巻を咥えた彼が立っていた。

「これはこれはクロコダイルさん、お久しぶりです。再びお会い出来て光栄です!」

にっこりと微笑んで私も初めて出会った時の様に返せば、彼は満足そうな笑みを浮かべる。
そして、初めて出会った時と同じように手を差し出して握手を求めてみたが、やはり同じ様に無視された。

「……またスルーですか、別にいいですけどね。ところでクロコダイルさん、脱獄犯がこんなところに遊びに来て大丈夫なんですか?」
「遊びに来たわけじゃねェ。仕事の依頼だ」
「それはそれは……今回は一体どんな情報をお求めで?」

気をきかせてVIPルームへと場所を移そうとしたがその必要はないと断られた。
周囲を気にしなくても問題ない話ということだろうか。彼の口からどんな依頼が語られるのかと首を傾げる。

「……これから新世界に入る。戦力も必要だが、優秀な情報屋が一人必要でな……そうだな、丁度カジノで遊んでいる目の前の情報屋が妥当だと思うんだが……」

彼の予想外な発言に驚いて目を見開く私に、笑みを浮かべながら彼は尚も続ける。

「仕事に見合った報酬は払う。どうだ、ついてくるか?名前」

私の返事は既に決まっている。彼からの依頼を断る理由はない。
少しだけ今後の楽しみが増した気がしたというあの時の私の発言は撤回だ。楽しみが増すどころの話ではない。今後楽しみしかないではないか。
願ってもない彼からの誘いに自然と口角が上がるのを感じる。
彼の目を真っ直ぐに見つめて、私が返答をするのにあと数秒。



彼と初めて出会ったのは数年前になる。あれから暫く経つ。
現在は、行動を共にするようになった。あの時は、まさか今の様なことになるとは全く想像をしていなかった。
次の目的地への移動中、客船内にあるホテルの様な一室で私は暇を持て余していた。
ベッドの上で横になりごろごろしていたら、彼と初めて出会った時のことをふと思い出したのだ。
彼はベッドへ背を向けてソファーに座って新聞を読んでいる。そんな彼の後ろ姿に向けて私は声をかけた。ちなみにダズさんは船内にあるカジノへ行くと言って部屋を後にしている。

「クロコダイルさん、結局あの時サインくれませんでしたよねー」
「いきなり何の話だ?」
「お忘れですか?初めて出会った時のことですよ。私がサインを求めても無視したじゃないですか」
「……」
「ドフラミンゴさんはサインくれたのになあー」

新聞を閉じる音がした。

「おい」
「何ですかー」
「お前……フラミンゴ野郎と知り合いなのか?」
「え?はい。ドフラミンゴさんはお得意様ですけど……何か?」

暫しの沈黙。
彼とドフラミンゴさんは仲が良いとはいえない。ドフラミンゴさんの名前を出したのは失敗だったかと、何か話題を変えようと思案する。
しかし、私が口を開くよりも先に彼の方が早かった。

「名前」
「はい」
「サインならくれてやるからあいつとは関わるな」
「えっ本当ですか!?サインくれるんですか!?」

勢いよくベッドから飛び起きる。
彼はこちらに相変わらず背を向けたままだ。

「仕方がねェからな」
「やったー!ありがとうございます」
「一つ聞くが、何でそんなにサインが欲しいんだ?」
「だって有名人のサインは貰っておきたいじゃないですか。あと、いざという時高く売れ……」

言いかけて、はっとする。
せっかくサインをくれるというのに、いざという時に高く売れるからだなんて言ったら彼は今の話はなしだと言いかねない。
誤魔化す言葉を口にしようとしたが、やはり彼の方が早かった。

「ほう。別にやったサインをお前が売ろうが構わねェが、二度とサインはやらねェからな」
「売りません!他のサインを売ることがあってもクロコダイルさんのは売りませんから!」

必死にそう言えば、彼は満足そうに笑いを漏らした。


2019/09/23
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