リゾート地というものはどうしてこうも心が躍るのか。
温暖な気候、青い空、綺麗なビーチ、綺麗な街並み、楽しそうな人々等がそうさせるのかもしれない。
マキシ丈のリゾートワンピースを着て歩く。歩く度に、ひらひらとワンピースの裾が揺れる。それだけでなんだか楽しくなってくるのだから、やはりリゾート地の力はすごい。
周囲を歩いている人達も、私と同様にリゾートワンピースを着たりアロハシャツを着たり全体的にゆるりとしたファッションが多い。

「なのに、何でクロコダイルさんはそんなにかっちり着込んでるんですか!?暑くないんですか?アロハ着ましょうよー。アーローハー!」

隣を歩くいつもどおりのワイシャツにベストにパンツを履き、肩にコートを羽織らせておまけにこれもまたいつもどおりなのだが、しっかりとスカーフまで巻いている彼に抗議をした。

「チッ……うるせェ」

眉間に皺を寄せて、舌打ちを漏らした彼を改めて見てみる。
至っていつもと変わらないが、その格好はここでは絶対に暑いと思う。
何よりこの場所ではそのかっちりとした格好は逆に浮いてしまっている。先程から、チラチラと通り過ぎて行く人々の視線を感じる。
何故リゾート地に来ているこかといえば私の仕事のためだ。
とある海賊の情報を売ってほしいと依頼してきた客が、取引場所として指定してきたのがこのリゾート地だった。
勿論、要望どおりに情報は仕入れてきている。ただ取引する客が物騒な相手であるため、戦闘力においてはないに等しい私は彼に無理やり頼み込んでついて来てもらったのだ。

「おれァ別にお前について行ってやらなくてもいいんだぜ?お前がどうしてもって言うから仕方なくこうしてついて来てやったが、アロハがどうのこうのとうるせェなら戻るか……」

今しがた歩いて来た方向へ向きを変えると、そのまま歩き出そうとする彼を慌てて止める。

「わー!待って待って、待ってください!お願いです!ついて来てください!何でも言うことききますからお願いしますって言ったじゃないですかー!」
「クハハ、そうだったな。なら仕方ねェ」

なんとか引き止められた。ちらりと彼の表情を見れば、随分と楽しそうな笑みを浮かべていた。どうにも嫌な予感がする。
つい勢いで何でも言うことをきくからと口走ってしまったが、今となっては違う条件にすればよかったと後悔している。後悔したところで今更遅すぎることも、後悔したからといってどうにもならないことぐらいは勿論知っている。



今回の客は、最近急激に名をあげてきたとある海賊だ。
指定された場所は、賑やかな店が並ぶ通りからは少し離れたところにあった。人通りが減り、たまにすれ違う通行人はいかにも柄が悪そうな風貌をしている。
客が入っているのか入っていないのか一見分からない店々が並ぶ、その間の細い道を進んで行く。裏路地というやつだ。そのまま進むと少しだけ開けた場所が見えてくる。今回の客の姿がそこにあった。
リーダー格と思われる人物が一人とその取り巻きが二人。
やはり彼について来てもらって正解だった。
自慢ではないが私は弱い。戦闘力がまるでないと言っても過言ではない。そんな私がいざという時に三人相手にどうにかなるはずがない。
逃げられればいい方だが、そもそも相手が逃してくれるかが問題だ。目の前の三人を観察してみるが、とても逃してくれそうな雰囲気はしていなかった。
当然だ。何せ彼らと取引した人物はもれなくその後、姿がなくなると聞いている。
ならば取引をしないという選択肢もある。だが、情報を求められたら売るのが情報屋だ。その情報に見合う額をきっちりと払うというのなら尚更断るわけにはいかない。
別に私は死に急いでいるわけでもない。ましてや死にに来ているつもりもない。
そのため彼に頼んだのだ。何でも言うことを聞かなければならないが、死ぬよりはマシだと思いたい。
彼は今この場には来ていない。何故なら、客とのやり取りは一人で相手をするのが情報屋としての私のポリシーだからだ。
危なくなったら助けてほしいと頼み込んだので、きっと何かが起こったら助けてくれるはずだ。姿は見えないが、おそらく近くにいるはずだと信じたい。



無事に取引が終わり、その場から去ろうとした瞬間だった。
リーダー格の男が、おもむろに懐から拳銃を取り出すと私に銃口を向けてきた。

「悪いがここで死んでもらおうか」
「ちょ、ちょっと待ってください!」

慌てて両手をあげる。

「待てと言われて待っ……!?」

瞬間、私に向けられていた銃口は消えた。
銃口だけではない目の前の男の手首から先が綺麗に消えていた。
ぼとり、と何かが落ちる音と重たい金属が落ちる音が少し遅れて聞こえてきた。地面には、男の手とその手が持っていた拳銃が虚しく転がっている。
男の手首から鮮やかな赤が吹き出す。それが私のリゾートワンピースに染みを作った。
一瞬のことに何が起こったのか分からないのだろう男は少しの沈黙の後に、とてつもない叫び声を上げた。
男の取り巻きの二人が男の側に駆け寄るよりも早く、男の手首を切断した張本人である彼が私の隣へと姿を現した。

「おいおい、拳銃なんざ向けやがって物騒なことしてんじゃねェよ……」

転がっていた拳銃に視線を向けながら、今日この場で一番物騒なことをした彼はさらりと言い放った。
突然姿を現した彼に三人は驚きの声を上げる。

「で、誰がここで死ぬって?」

ぎろり、と彼に睨まれた三人から血の気が引いていくのが分かった。
そのまま逃げればいいものを取り巻きのうち一人が、腰につけていたホルスターから拳銃を取り出すと彼へと向ける。指に力を込めて撃とうとした瞬間、その男の手首から先も綺麗になくなった。

「お前はどうするんだ?」

何も出来ずにいる最後の一人へと彼は視線を向ける。
顔面蒼白になった男はなんとも情けない声を出しながら逃げて行く。それが合図になり、手首から先をなくした二人も同じ様に逃げて行った。
残された二つの手と拳銃と血痕が、この場で起こった出来事をただただ語っていた。
軽く息を吐くと、隣の彼へと視線を向ける。

「クロコダイルさん助けてくれてありがとうございました。助けてもらっておいてあれですけども、ちょっとやり過ぎじゃありません……?」
「逃してやっただけマシだろうが」
「あれでマシなんですか……?びっくりです」
「目の前で手首が切断されても叫び声一つあげねェ奴がそこで驚いてんじゃねェよ」
「ええーあれはびっくりしすぎて声が出なかっただけですよー」
「ほう。それよりもだ、名前……」
「はい?」
「何でもいうこと聞くんだったよなァ?」

彼は、それはそれは大変悪どい笑みを私へ向けてきた。

「ひっ……!?」

怖い。どう考えても嫌な予感がする。
逃げたくなってきたが、彼から逃げられるはずがない私は覚悟を決めるしかない。
それは分かっている。分かっているが、私が顔を引き攣らせることしか出来なかった。


2019/09/01
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