何かトラブルに巻き込まれて来たらしい。
出て行った時には綺麗だったスーツがところどころ破れており、明らかに一戦交えてきたのは明白だった。更に、反応を見るにどうやら敗れてきたようである。
申し訳なさそうに謝るダズを前にソファーに座っていたクロコダイルは、咥えていた葉巻を右手に持つと紫煙を吐き出した。

「名前」

傍らに座っていた女の名前を呼ぶ。

「了解でーす」

女の名前は名前。情報屋だ。
名前を呼ばれただけでクロコダイルの意図を理解した名前は、立ち上がり少し離れたところにあるデスクからメモ帳とペンを持ってきて再びクロコダイルの隣へと腰かけた。

「それじゃあ、どんな人にやられたのか特徴を教えてください」

向かい側のソファーに座るダズに向かって名前は話しかける。
そこでようやくクロコダイルの意図にダズは察しがついた。
確かに、名前と一緒に過ごすようになって半年が経過している。が、名前を呼ばれただけで相手の意図を瞬時に理解出来るようになるというのは相当なものだ。ただ同じ時間を過ごすだけではなく、相性や頭の良さ頭の回転の早さ等もあるだろう。
名前はたったあれだけで、ダズが敗れた相手の情報を調べてこいというクロコダイルの依頼を理解し行動に移している。戦闘面ではまるで役に立たないが、自分には出来ないことを平然とやってのける名前のことを優秀な人物であるとダズは認めていた。
認めてはいるが、名前が調子に乗ることは分かっているので口にするつもりはない。

「名前は分かりますか?」
「いや……」
「不明ですかー。分かると早いんですけどねえ……まあ、いいや。性別は?」
「男だ」
「年齢は?だいたいでいいですよ」
「四十前半〜五十にはいかないくらいだと思うが……」
「体格は?」

と、名前は質問を続けながらダズが答えた内容を元に慣れた手つきでメモ帳に人相を描きあげていく。途中何度か描いたものをダズに見せながら細かい修正を繰り返していった。

「よし、こんな感じですかね!」

名前はメモ帳に描きあげた人相をクロコダイルとダズに見えるようにソファーの間にあるテーブルの上へと乗せてみせた。

「ほう、上手ェもんだな」
「すごいな……そっくりだ」

素直な感想を口にする二人に、名前は得意げな顔をする。

「そうでしょう!もっと褒めてください!」
「……」
「……」
「えっ二人で無視ですか!?酷い!…………いっぱい練習したのに、なんだかやる気なくしちゃうなあー……」

返ってきた沈黙に抗議しながら名前はわざとらしく深い溜息を吐いた。
本気でやる気がなくなったわけではないが、褒められた方がこれから描きあげた人相の男の情報を調べる名前としては身の入り方が違う。それに、この技術は情報屋をしている過程で必要だと感じた名前が練習に練習を重ね磨き上げたものだ。
今回初めて二人の前で披露したこともあり、もっと褒め称えられたいというのが名前の正直な気持ちである。

「あー……分かった分かった。こりゃあ誰にでも出来るわけじゃねェ。さすが優秀な情報屋だな、名前」

誰がどう見てもクロコダイルに上手くあしらわれているのだが、当の本人にとっては問題はないらしい。

「えへへへ、ありがとうございます!じゃ、私この人の情報調べて来ますねー」

満足そうな笑みを浮かべると名前は部屋を後にした。



名前が調べた情報によると、ダズと一戦交えた男はインペルダウンから脱獄した囚人達を目当てにしている比較的名の通った賞金稼ぎだった。
ダズは敗れてきたといっても、ただで帰ってきたわけではない。賞金稼ぎの方にもそれなりに傷を負わせている。だが、時間が経過し賞金稼ぎの傷が癒えたら再び後を追ってくるに違いないだろう。
それは暗躍しているクロコダイルにとって非常に迷惑である。厄介ごとは早いうちに摘んでしまうに限る。
この街に賞金稼ぎが潜伏していると思しき場所は三箇所候補があった。うち二つはダミーであり、もしダミーに侵入するものがあれば賞金稼ぎがそれを察知出来る仕掛けになっていた。察知されれば賞金稼ぎは行方をくらませる。ここで仕留めておくには確実に潜伏している場所を特定する必要があった。
そして、もちろんその中から賞金稼ぎが確実に潜伏している場所を突き止めたのは名前である。
現在、名前が突き止めた賞金稼ぎが潜伏している場所へとクロコダイルは赴いている。
路地が入り組み、迷いやすい場所にあるその場所への道案内を名前が申し出たが、戦闘力にならない名前は足手まといだとクロコダイルに一蹴された。
クロコダイルの言うことは最もであるため、名前は賞金稼ぎが潜伏している場所への詳細な地図を書き上げクロコダイルに手渡し大人しく留守を預かることにした。
ダズの怪我の手当てを済ませた名前は、連泊しているホテルのロビーにあるソファーでクロコダイルの帰りを待っていた。クロコダイルにもしものことがあるとは思っていない。ただ、帰って来たクロコダイルを一番最初に出迎えたかったのだ。
ホテルのロビーに飾られている豪華な装飾が施されている時計に目を向ける。時刻を確認しそろそろ帰って来る頃かと名前が思うのと、クロコダイルがロビーへと入ってくるのはほぼ同時だった。
名前は、それを確認すると立ち上がりクロコダイルの元へと駆け寄って行く。

「おかえりなさい!どうでした?」

聞くまでもなく結果は分かっていることだが、自然とその言葉が口をついて出た。

「あァ、そっくりだった」

クロコダイルからの返答は名前が予想していたものとは違うものだった。
意味を理解するのに数秒。少し反応に遅れてしまう。クロコダイルの言葉の意味を理解し、思わず名前が笑みを漏らすと、クロコダイルから不思議そうな視線が降ってきた。

「ふふ、なんでもないです」

練習した甲斐がありました、と続けるとクロコダイルの隣に並び宿泊している部屋へと歩き出す。
名前は歩を進めながら、隣のクロコダイルを盗み見る。出かけて行った時となんら変わらない様子に、もしものことなどあるはずがないと思ってはいたがそれでも自然と安堵してしまう名前がいた。


2024/06/13
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