端的にいうと現在この組織は資金不足であった。
発足したばかりで出費が多いというのもあるが、前身であるバギーズデリバリーの時点で既に資金不足だったのが大いに足を引っ張っているといっても過言ではない。
ついでに人員不足でもあった。いや、数だけならば結構な人数はいる。だが、そのほとんどはインペルダウンに収監されるような荒くれ者ばかりであり、組織を運営していくうえで必要な例えば事務作業等に適した人員は圧倒的に足りていなかった。
そういう理由もあり、本来なら情報屋である名前の専門外である仕事が回ってきていた。通常なら名前は専門外の仕事は引き受けたりはしないのだが、他でもないクロコダイルからの依頼であること組織運営に慣れているクロコダイルに仕事が集中し日に日に彼の疲労が目に見えて分かることから少しでも力になれればと手を貸している。
手を貸しているとはいっても、もちろんただではない。クロコダイルはきっちりと名前に仕事内容に見合った報酬を支払っている。
しかし、今回はその支払いも少し遅くなるとクロコダイルから名前は告げられた。資金不足であることは重々承知しているが、名前が把握しているよりも事態はさらに深刻なのかもしれない。
名前個人としては、蓄えもそれなりにあり現在金銭的に困っているわけではない。報酬の支払いが遅れることになんら問題はなかった。寧ろそこまで深刻な資金不足であるのなら今回の報酬は受け取らなくても構わないと思いかけたが、こなした仕事に対して対価がないというのは名前の主義に反する。クロコダイルもそれは認めないだろうということを長い付き合いの中で名前は知っている。経営側として依頼した仕事をきっちりとこなしている人員に対しては相応の報酬を支払うのがクロコダイルである。
何かお互いの主義に反さない方法はないかと思案し、名前は一つの方法に辿り着く。上手く交渉出来れば、だいぶ疲労が蓄積されているクロコダイルのことを休ませることができ、おまけに久しぶりに二人きりの時間を過ごすことができるのではないか、と。

「クロコダイルさん、一つ提案があります」

名前は、自分の考えに緩みそうになる頬を堪え至って平静を装った。

「資金不足なのは重々承知してます。ですので、今回は金銭ではない対価を提示するのでそれを報酬として私にくれませんか?」
「ほう……そりゃあ支払えるもんなんだろうな?」
「もちろんです。クロコダイルさんにしか支払えません」

その言葉に心当たりがないクロコダイルは不思議そうな視線を名前に向ける。いよいよ緩みそうになる頬を堪えきれなくなってきた名前は誤魔化すようににっこりとした笑みを作った。

「組織が落ち着いてからで構わないので、クロコダイルさんの時間を丸一日私にください」

悪い話じゃないでしょう?と続ける名前に、クロコダイルは一瞬だけ驚いたような表情を浮かべた後、少しの間を置いて笑い出した。

「クハハハ!確かに金銭じゃねェがそりゃあ……対価として多すぎねェか?」
「でも、専門外の仕事をしてるわけですし、そこはサービスしてもいいと思います!」
「……」
「……」

二人の間に沈黙が流れる。
先にそれを破るのはもちろん名前である。

「専門外の仕事大変だったなー。ご褒美があったら次の仕事のやる気が倍になるんだけどなー」

何がなんでもクロコダイルの時間が欲しい名前は引く気がない。名前の頭の中にはあと五つくらいはねだるためのネタが用意してある。
名前の様子からそれを察したクロコダイルは何を言っても無駄だと判断したのだろう。諦めたように溜息と一緒に紫煙を吐き出した。

「特別だ」
「……え?」

もう少し交渉が長引くだろうと予想していた名前は意外にも早く折れたクロコダイルに気の抜けたような声を漏らしてしまう。

「今回はそれで構わねェ」
「じ、じゃあ……クロコダイルさんの一日を私にくれるんですね!?」
「あァ。その代わり分かっていると思うが……退屈させんじゃねェぞ」
「もちろんです!」

任せてください、と名前は自信満々に答え今日一番の笑顔を浮かべた。
後日、名前の考えたプランで二人で久しぶりの休日を過ごすのはまた別の話である。


2023/07/26
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