情報屋である名前がクロコダイルから初めて仕事の依頼を受けてから一年が経とうとしていた。
名前にとってクロコダイルは、今ではすっかり得意先の一人となっている。
現在進行形で、クロコダイルから依頼されたある組織の情報を渡すために指定した待ち合わせ場所に名前はいた。
待ち合わせ場所に選んだのはごく普通のどこにでもあるカフェである。名前はそのカフェのテラス席に座っていた。テーブルの上には、食べかけのロールケーキ、コーヒーが入ったカップ、読みかけの本が置いてある。どこからどう見ても、海賊相手に情報を売るために待ち合わせをしているようには見えない。
ここはいたって普通のカフェだが、コーヒーに拘っている店である。事前に、その情報を得ていた名前は、普段であれば紅茶を頼むところをせっかくなのでとコーヒーを注文していた。名前の注文したコーヒーは、コーヒー自体の香りにどこかフルーティな香りが混ざりすっきりと爽やかな口当たりで飲みやすいものだった。コーヒーをブラックでは飲まない名前もこのコーヒーなら砂糖やミルクを入れずとも飲める。
一口、コーヒーを飲み込み、時刻を確認する。そろそろ指定した時間になる。
待ち合わせ相手のクロコダイルはもうすぐやって来るだろう。クロコダイルが拠点としているアラバスタからは少し離れている島にあるこの街に来るには時間を要するが、仮に待ち合わせ時刻に遅れることはあったとしてもクロコダイルが来ないということはない。この一年のクロコダイルとのやり取りの中で名前はそれを知っている。
テーブルの上の読みかけの本へと視線を落としたタイミングで、名前の真後ろの席に待ち合わせをしていた人物が腰をかけた。ちょうど時間どおりだ。
クロコダイルがテラス席へ座ったのを見計らったように、店員がクロコダイルのテーブルの上へコーヒーカップと灰皿を置きすぐに去って行った。淹れたてのコーヒーからは湯気が上がっている。

「頼んでねェぞ」

傍から見ればクロコダイルの独り言のようにも聞こえるが、背後に座る名前に向けての言葉だということは明白である。
名前は視線を本に落としたまま口だけを動かした。

「私の奢りです。ここのコーヒー美味しいのでどうぞ」

テラス席には他にも何人か客がおり、各々会話を弾ませている。道行く人々も多く、それぞれが発する声や音が騒音に変わり二人の声もそれに紛れお互いにしか聞こえない。ましてやそれぞれ背を向け個別の席に座っているクロコダイルと名前は周囲からは一人でカフェに来ている客にしか見えないだろう。

「お口に合いますか?」

クロコダイルがコーヒーを一口飲んだタイミングで名前が声をかける。

「まァ、悪くはねェな」

悪くはない、それは美味しいという意味だということを名前は知っている。
あらかじめクロコダイルが好みそうなスモーキーな香りが強いコーヒーを注文していた甲斐があったと安堵し名前の頬が自然と緩む。

「よかったです」

名前はそれを誤魔化すようにカップを手に取りコーヒーを一口飲み込むと、読みかけの本の間に挟み準備していた封筒を取り出しクロコダイルへと差し出す。

「どうぞ依頼の品です」

封筒の中には、クロコダイルから依頼され名前が調べあげた情報が書き連ねてある紙が数枚入っている。
クロコダイルが封筒を受け取ったのを確認すると名前は再び読みかけの本へと視線を戻す。背後からすぐに封蝋がついた封筒を破る音が聞こえてきた。続いて、封筒から紙を取り出し広げる音、二人の間に暫しの沈黙が流れる。周囲は相変わらず人々の発する音で騒がしい。

「……上出来だ」
「ふふ、ありがとうございます。もっと褒めてもいいですよ」
「……」

何かしら反応が欲しかった。が、返ってきたのは沈黙だった。

「えっ無視ですか!?酷くないです!?」

という名前の抗議も華麗に無視された。
クロコダイルとのこの一年間での付き合いで、今日のようなやり取りは度々繰り返してきた。ならば学習してもいいようなものだが、名前は頭の悪い人間ではない。クロコダイルが何ら反応を示してくれないことは全て分かった上でやっている。一年の付き合いになるのだからそろそろ何かしら一言くらい反応をしてくれてたらいいな、という淡い期待は抱いてはいるが。
結局、いつもその淡い期待はまた次回へと持ち越されるのである。

「情報屋……」

クロコダイルの低い声が名前を呼ぶ。
思い返してみれば、クロコダイルに名前で呼ばれたことはまだない。

「支払いはいつもの方法で構わねェな?」
「……はい」
「で、この件はこれで終いだが……アーテルって組織の情報はあるか?」
「もちろん、ありますよ。最近活動が派手になってきてますね」
「あァ、目障りでな……」
「お察しします。アーテルのどのような情報をお求めですか?」
「ここ一年の活動内容と人員構成……やつらの拠点全てだ」
「分かりました。新規で仕入れる情報があるので多少お時間いただいても?」
「構わねェが……明後日までに用意出来るか?」
「大丈夫ですよ。お渡し方法は?」
「明後日の同じ時間に、この場所でだ」
「了解です。金額ですが……」
「情報に見合った額は払う」
「話が早くて助かります」

背中合わせのまま業務的なやり取りを終えると、名前の背後でコーヒーカップをテーブルに置く音が聞こえた。同時に、人の気配も消える。
軽く名前が振り返ると、既にそこにはクロコダイルの姿はなく空のコーヒーカップと葉巻の残香があるだけだった。


2023/04/10
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