「そういえば、もう少しでバレンタインですねえ」
ソファーに座り自分で用意した紅茶を飲みながら口にしてみたものの、隣に座るクロコダイルは名前が調べあげた情報が書き連ねてある書類から視線を逸らすことはなかった。当然、何の反応もない。
名前は、わざとらしく大きな溜息を漏らしてみるがやはりそれも無視された。
クロコダイルの興味がなさそうな話題であることは百も承知の上だ。分かってはいるが、今年はクロスギルド設立から初めてのバレンタインである。ずいぶんと人も増えた。バレンタインというイベントに便乗してチョコレートやらお菓子を幹部達に渡す人も多々いるはずだ。
おそらくクロコダイルに渡してくる人もたくさんいるのだろう。それは嫌だなあ、と名前は思う。
「クロコダイルさん、私以外からチョコとか貰わないでくださいねー」
軽い冗談のつもりで言った。先程のように無視されるものだと予想をしていたのだが、名前のそれは見事に外れる。
「端からそのつもりはねェよ」
視線は相変わらず書類へ向けたままのクロコダイルからの聞き慣れた低音に名前は固まる。
その言葉を数回頭の中で繰り返し、意味を理解するのに数十秒要した。
「えっ!?もう一回言ってもらっていいですか!?」
「……は?」
「は?じゃなくてもう一度……!」
聞き間違いではないことは確かだ。意味も理解している。が、もう一度、今度はじっくり噛み締めながら聞きたい。
「二度目はねェな」
もう一度同じ言葉を言わせようと必死な名前に、クロコダイルは口角を上げ楽しそうな笑みを浮かべている。
それから、名前がどんなにねだっても同じ言葉をクロコダイルが口することはなかった。
2023/02/18