ちょっと出かけてきます、という名前の声にソファーで新聞を読んでいたクロコダイルは視線を名前へと移した。
そこには、普段は履かないようなハイヒールに背中が大きく開いている真っ青なドレスに身を包んでいる名前がいた。
名前が言うようにちょっと出かけに行くような格好には見えないが、行き先には予想がつく。カジノだ。
現在、拠点にしているこの街にも比較的大きなカジノがある。ここ数日、情報屋である名前がクロコダイルの依頼以外にも何やら忙しそうにしていたのはそういうわけか、とクロコダイルは合点がいった。
名前は事前にカジノでターゲットにする相手は勿論、そのカジノに関わること全ての情報を徹底的に調べあげ、確実に勝つ勝負しかしない。勝つために多少のイカサマもしているようだが、未だ名前のそれを見抜いてきたターゲットはいないというのは本人談である。
今回も一儲けをしに行くのだろうが、この街の治安は見たところあまりよくはない。カジノにはそういう品のない輩も多く集まるだろう。
加えて名前は厄介ごとに巻き込まれる率が高い。本人はカジノでの止め時は見極めていると豪語しているが、それでも負けたことに逆上し暴力で負けた分の金を取り返そうとする人間がいないとは言い切れない。特に治安のあまりよくない今回のような街ではその確率が他と比較して高くなる。
ちらりと名前を見やる。力で簡単に捩じ伏せてしまえるようにしか見えない。誰が見ても強者には見えないだろう。実際名前は最弱である。十中八九、カジノで厄介ごとに巻き込まれるだろうな、と思う。それを見込んで、クロコダイルがついて行くと申し出ると名前は予想外だったのだろう驚いた反応を見せた。



「で、今回はどいつがカモだ?」

カジノへの道すがら隣を歩く名前にクロコダイルが聞くと、名前はわざとらしく顔の前で違うと片手を振ってみせた。

「やだなあーカモだなんてそんな言い方……相手に失礼じゃないですか!」
「他に言い方があんのか?」

うーん、と名前は顎に手を当てて考える素振りをする。
少しの後、閃いたように指を鳴らした。

「金蔓ですね!」
「同じだろうが」

違いが分からねェ、とクロコダイルは呆れながら溜息を一つ落とした。
楽しそうに名前は笑う。今、こうやって楽しそうな笑みを浮かべているが、名前の中ではカジノでの今回のターゲットは三人に決まっている。
その三人のうち誰を相手にしても名前は勝つ自信がある。なんなら三人全員を相手にしても名前は勝つだろう。相手の情報は頭の中に全て入っているのだから。



名前はターゲットに決めていた三人のうち一人とは既に勝負が終わっていた。勿論、名前の勝利である。
現在は、二人目とポーカーに興じていた。クロコダイルは名前の傍らで二人のポーカーを眺めていた。名前もその相手もイカサマを使っているのは見てとれた。が、対戦相手が指摘をしなければイカサマではないというのがこのカジノの暗黙のルールらしい。未だ両者共に指摘は一度もしていない。
おそらく名前は相手のイカサマに気づいているが、わざと指摘をしていない。その上で相手のイカサマを利用すらしている。
それに比べ名前の相手は名前のイカサマに気づいていない。負け続けているせいもあり、焦っているところを見ると名前のイカサマには気づくことはないだろう。いや、例え冷静だったとしても見抜くことは出来ない。何故なら名前が対戦相手から見破られるような技は使わないからである。

「はい、私の勝ちでーす!」

名前が手札を並べて見せる。ストレートフラッシュ、相手の役より強い役だ。
と、ここで相手には賭けるチップがなくなったようである。まさか惨敗するとは予想していなかったのだろう相手はがっくりと項垂れぶつぶつと何やら呟いている。
名前は負けた相手になど既に興味がないらしく目もくれずチップを数えていた。
突然、対戦相手だった男が立ち上がりその拍子で椅子が倒れる。大きい音が上がる頃には男は名前との距離を詰めてきていた。

「勝ったからってここから無傷で帰れると思うなよ!」

負け惜しみである。
逆上し、殴りかかろうと伸ばした男の腕が名前に届くことはなかった。その前にクロコダイルの右手が男の腕をがっしりと掴んでいたからだ。

「だったら、当然負けた奴ァ無傷で帰れねェよな?」
「は……?え?」

クロコダイルに掴まれた男の腕がゆっくりと干からびていく。
片腕だけ水分がなくなりミイラのような状態になった男は怯えた声をあげると逃げて行った。正確には、わざと逃してやったのだ。クロコダイルがその気であればあのような男の命を奪うことは造作もない。
ただ、この街はもう少し拠点にする必要があるため、カジノで死体を作り上げ騒ぎを大きくことは避けたかった。充分、今の脅しでも騒ぎにはなるだろうが想定内のものである。もし、情報操作が必要になれば情報屋である名前に任せれば問題はない。

「クロコダイルさん、ありがとうございます」

驚きました、と続ける名前へとクロコダイルは視線を移す。

「ったく、お前は……毎度毎度変な野郎に絡まれてんじゃねェよ」

クロコダイルはこういうことが起こる可能性を見込んで名前について来たのだから、別にどうということはないのだが、つい文句の一つを口にしてしまう。

「それは……そのごめんなさい。ちょっと遊びすぎちゃいましたね……。もっと早く負けさせてあげるべきでした」

相手が逆上する気すらも起きないように勝つというのも一つの手ではあるが、反省として真っ先にそれが出てくるところが名前らしいとクロコダイルは思う。既に短くはなくなった付き合いで、名前がこういう人間であることを知っているからだ。

「でも、いっぱい儲かったんで何か美味しい物でも食べて帰りませんか?あ、クロコダイルさんはお酒がいいですか?お礼も兼ねて、もちろん私の奢りです!」

名前の切り替えの早さにクロコダイルは口角を上げる。
せっかくの名前の誘いに乗らないつもりはない。

「そいつは悪くねェな」
「じゃ、行きましょ〜!いい感じのお店はちゃんと調べてありますので!」

行く先々の街のあらゆる情報は調査済みなのはいつものことではだが、流石優秀な情報屋といったところである。名前のそれにハズレはない。これから向かう先もクロコダイル好みの店なのだろう。
換金を済ませると二人はカジノを後にした。
向かった先で、名前にターゲットにされクロコダイルに片腕をミイラ状態にされた男と再び出会うことになるのはまた別の話である。


2022/10/31
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