取引に行って来るとホテルを出て行ったはずだ。
それが何故、五十メートルくらいはあるだろう建物の屋根の上に名前はいるのだろうか。あと数歩名前が後ろに下がれば足を踏み外し地面へ落下してしまうだろう。
クロコダイルはすぐに戻るという割にはなかなか戻って来ない名前が、また厄介ごとに巻き込まれているのではないかと予想はしていた。が、一体どうすれば今のような状況になるのかとクロコダイルは呆れずにはいられなかった。思わず溜息を落としてしまう。
能力者でもない名前がもしあの高さから落ちれば怪我では済まないだろう。最悪、死亡もあり得る。優秀な情報屋である名前にはまだまだ利用価値がある。こんな場所で、万が一のことがあっては困るのだ。
仕方ないとクロコダイルが名前がいる建物へと足を早めようとした瞬間だった。

「クロコダイルさーん!私の勘ですけど近くにいますよね!?飛び降りるのでちゃんとキャッチしてくださいねー!!」

名前の大声が響き渡る。
数秒後、名前は迷いなく宙へと踏み出した。足場をなくした名前の身体は地面へと吸い寄せられるように落下してくる。

「馬鹿が……!」

名前がたまに予想外な行動をすることは今までもあったが、今回はどうにもクロコダイルの予想の斜め上をいく。
クロコダイルは、思いきり舌打ちをすると脚を砂へと変化させ名前の元へと瞬時に移動する。勢いよく落ちてきた名前を抱き止めた。
腕の中の名前は目を固く瞑っていたが、どうやら無事に受け止められたことを理解するとゆっくりと目を開けた。そして、クロコダイルの顔を見ると気の抜けたような笑みを浮かべてみせた。

「えへへ、信じてました」

クロコダイルは再び舌打ちを一つ漏らした。

「助けてくれてありがとうございます」
「馬鹿だとは思っていたが、まさかここまでの馬鹿だったとはな」
「馬鹿じゃないでーす。優秀な情報屋ですっていつも言ってるじゃないですか」
「……」
「あっ無視ですか!?酷い」
「……で、あれが原因か?」

名前が飛び降りた屋根の上から覗き込むように見ている男をクロコダイルは顎で指した。

「そうですけど……」

名前が言葉を続けるようとするのを遮るように、クロコダイルは抱き止めていた名前をゆっくりと地面に降ろした。

「すぐに終わる」

一言、そう告げるとすぐにこちらを覗き込んでいる男の元へと向かっていく。
いつもは名前が助けを求めてから仕方がないといった風に行動を移すことが多い。そのため今回のクロコダイルの行動に名前は素直に驚いた。

「ありがとうございます」

自然と緩みそうになる口元をなんとか堪える。囁くように呟いた名前の声が、既に名前が落ちてきた建物の屋根に足をかけたクロコダイルまで届いていたかは分からない。


2022/08/23
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -