日付が変わった頃、そっと玄関のドアを開けて中へと入る。
なるべく音を立てないようにドアを閉めて、U字ロックと鍵をかけた。
リビングには明かりがついている。帰宅するのが日付を超えてしまいそうだから先に寝ていてね、と彼には連絡を入れていたのだが、どうやら待っていてくれたらしい。
それが嬉しくて自然と頬が緩んでしまう。
リビングに入るとソファーに座っているだろうと思っていた彼の姿がない。
もしや、と思いソファーに近寄り覗き込んでみると彼はソファーに横になって眠っていた。これが逆であったのなら彼は私をベッドへと運んでくれるのだろうが、流石に私が彼を持ち上げてベッドまで運ぶのには無理がある。かといって、気持ち良さそうに眠っている彼を起こすのは気がひけるので、寝室に行き毛布を引っ張ってくるとそっと彼の身体にかけた。
「待っててくれてありがとね」
側で彼の寝顔を見やる。
いつも私の方が先に眠りに落ちてしまうことが多いのと、朝も彼に起こしてもらうことが多いこともあり、こうしてまじまじと彼の寝顔を見ることは珍しい。
普段の見慣れている彼よりも寝顔は幼く見える。学生の頃の彼の面影が残っているように感じた。
「可愛い……」
起こさないようにそっと髪に触れる。
整髪剤をつけていない髪はさらさらとして指通りがいい。
私の髪よりもさらさらとしているように感じるのは気のせいだろうか。
「大好き、えへへへ」
髪に触れていた手は自然と彼の頭を撫でていた。
彼はよく私の頭を撫でてくれるが、身長差もあり私が彼の頭を撫でる場面はあまりない。この機会にいっぱい撫でておこうと思い、最高に緩んだ顔をして頭を撫でていた私の手はふいに名前を呼ばれてぴたりと止まる。
「名前」
「……えっ!?」
「気は済みましたか?」
ゆっくりと開かれた彼の瞳が私を映す。
「お、起きてたの!?」
「ええ、ありがとうの辺りから」
「最初からじゃん!」
彼が眠っているものだと思っていた一連の行動を思い返して急に恥ずかしくなってきた私はその場に蹲み込んで頭を抱える。
「は、恥ずかしい……」
頭を抱えている私の視界にはリビングの床が広がっているため彼が今どんな表情をしているのか見えないが、彼が少し笑った気配を感じた。
「名前」
「は、はい。何でございましょう……」
「まだ言ってませんでしたね」
「え?」
「おかえりなさい。今日もお疲れ様でした」
労うような優しい声色に口元が緩む。
一緒に生活をしていると当たり前になってしまい、いつの日かわざわざ口にしなくなってしまうかもしれない言葉をきちんと伝えてくれる彼のこういうところが大好きだ。
勿論、大好きなところは他にもたくさんある。
「ありがとう!ただいま」
2021/05/23