『ナナミンのご飯が恋しいよー』

このところ出張続きの彼女が電話口で呟いた。
出張先で食べる料理が不味いわけではないのだと思う。彼女のことだ、行った先で名物だといわれている食べ物はおそらく制覇しているのだろうということは容易に想像がつく。
そういう各地の美味しい料理を口にしていても、私が作った料理が恋しいと言ってくれるのは素直に嬉しい。

「恋しいのはご飯だけですか?」

出張が続く彼女に会えない寂しさからだろうか、つい意地の悪い言い方をしてしまう。
そして、そう言われた彼女の反応も手に取るように分かっている。分かっていてわざと言っている。

『えっ!?ち、ちが……ナナミンが恋しいよ!』

スマートフォンを手にしていない方の手で何かしらジェスチャーをしながら、慌てている彼女の姿が脳裏に浮かび思わず口元が緩む。
その彼女の一言で会えない分の寂しさが少しだけ満たされたような気がした。我ながら、随分と単純で子供じみていると思う。

「ありがとうございます。私も名前が恋しいですよ」
『えへへへ』

気の抜けた声が聞こえてきた。

「明日帰って来るんでしょう。何が食べたいですか?」
『シチュー!』

食べたいものが決まっていたのだろう即答だった。

「分かりました」
『と、さつまいもの天ぷら』
「は?」
『さつまいもの天ぷら』
「繰り返さなくても聞こえてます」
『よかった』
「シチューに天ぷらですか?」
『うん』
「冗談ではなく?」
『うん』
「……アナタがいいなら構いませんが、その二つは食べ合わせ的にどうなんですか?」
『分からないけど、ナナミンのご飯なら全部美味しいと思う』

随分と信用されているようだ。
信用されていることは知ってはいるが、その信用と食べ合わせ的な問題は別物だと思う。
が、彼女はきっと美味しいと幸せそうな表情をしながら食べるのだろう。私も、食べ合わせがどうのと言いながらも彼女が食べたいと言うのならとつい甘やかしてしまうのだ。



食卓に並べられた彼女がリクエストした料理は、美味しそうに食べる彼女の胃袋の中へと消えていく。

「美味しー!全部美味しい!」

本当に幸せそうに食べるものだと、つい食べる手が止まってしまう。
自分が作ったものをこんな風に食べてもらえるのは、作り手冥利に尽きるというものだ。

「どしたのナナミン?」

私の視線に気づいた彼女が不思議そうに首を傾げてくる。

「幸せそうだなと思って」
「えへへ、だってナナミンの作ったご飯美味しいんだもん」

少し作りすぎたかと思っていたが、どうやらそれは杞憂だったようだ。
彼女がリクエストしたシチューとさつまいもの天ぷらの他に付け合わせにサラダ、彼女がどちらもというからパンと白米を用意したのだが全て綺麗に平らげられている。今更だが、一体その小柄な身体のどこに入るのだろうかと疑問に思わずにはいられない。
彼女は最後に食べるのだと、とっておいたさつまいもの天ぷらの最後の一つを食べ始める。美味しい、と堪能しながら食べ終えると箸置きに箸を揃えて手を合わせた。

「ごちそうさまでした。お腹いっぱーい!」

満足そうにしている彼女に、おそらくそんな心配は不要なのだろうと思いながらも一応確認する。

「デザートは入りませんか?」
「デザートあるの!?やったー!余裕で入るー」

デザートは特に頼まれていなかったが、甘いものが好きな彼女のためにプリンを作っておいた。
元々、料理をするのは好きだったが彼女が恋人になってから、料理のレパートリーが広がったように思う。というのも、彼女があまりに幸せそうに美味しいと私の料理を食べるからだ。彼女にお願いされるがままリクエストに応えていたら自然とそうなっていた。
冷蔵庫で冷やしておいたプリンを取り出し、彼女が座っているテーブルの前に置くと途端に彼女の目は輝き出す。
彼女のこういう反応が嬉しくて、いつの間にか自分で食べるための料理から彼女が喜ぶ料理へと変わっていたことを改めて実感した。


2021/03/29
シチューと天ぷらに特に意味はありません。

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