※学生時代


彼女は、自分に向けられる好意に鈍いところがある。それが思慕の情絡みであれば尚更鈍くなる。
であるのに、こちらの変化には妙に鋭いところがある。
寮の共有スペースに座っていた私の向かい側のソファーへと彼女は座ると、テーブルの上に重そうなビニール袋をどさりと置いた。

「最近元気なかったから」

そう言って、私の方へとビニール袋を近づけてくる。
中身を覗いて見れば、中には大量のお菓子が入っていた。コンビニのお菓子コーナーに並んでいたお菓子を全種類買ってきたかのようなその多さに驚いたが、その励まし方が彼女らしくて微笑ましくなった。

「お菓子食べたらちょっとは元気になるかなーって……」
「これ全部いいのかい?」
「うん」
「この季節限定のチョコレート、名前が食べたがってたのだろ?」

袋の中から、一つチョコレートの箱を取り出してみせる。
先日、今度新しく出る季節限定のチョコレートが美味しそうで楽しみにしていると彼女が言っていたまさしくそれだ。

「うっ……い、いいの!自分のは、か、買ってあるから……!」

明後日の方向に視線を向けながら言われたところで説得力がない。
彼女は致命的に嘘が下手だ。彼女の嘘に騙される人はいるのだろうか。
おそらくこのチョコレートは、買いに行った先で最後の一つだったのだろうと予想はつく。

「名前」
「な、何かな!?」
「嘘だろ」
「うっ…………」
「これはいいよ。名前が食べればいい」

チョコレートの箱を彼女方へと差し出す。
散々迷いに迷っていたようだが、何かを閃いた表情をするとチョコレートの箱を受け取り、迷いなく箱を空けた。
中から個包装になっていたチョコレートを半分掴み取り、テーブルの上に置くと残りが入った箱を私の方へと差し出してくる。

「半分個ね」

素直にそれを受け取る。
チョコレートの一つを手に取り、袋から取り出した。口に含むとふわりとカカオのいい香りと甘味が広がる。
私と同じようにチョコレートを食べた彼女は幸せそうな顔をしていた。

「美味しい〜!」
「そうだね」
「傑、ちょっと元気になった?」
「ああ、お陰様でね。ありがとう」
「よかった!」

安心したような表情に変わる彼女を見て、本当にころころとよく表情が変わる。見ていて退屈をしないと思う。彼女の纏う雰囲気というのもあるのかもしれないが、彼女といると不思議と気持ちが和んでいく。
きっと彼女のこういうところに七海は惹かれたのかもしれないな、と考えるが口に出すことはしない。
彼女は、今は全くそれに気づいていないがいつか気づく日がくるのだろう。もしくは、不機嫌そうに眉間に皺を寄せている七海が彼女に想いを告げる日がくる方が早いのだろうか。不機嫌そうとはいうが、彼女の前では自然と眉間の皺が消えていることに七海は自覚があるのだろうか。

「何か悩みがあったら力になるからね!私じゃ頼りないかもしれないけど……」
「そんなことはないよ。何かあったら頼りにさせてもらうよ」
「うん、任せて!」

得意げな顔をする彼女に、こちらまで思わず笑みを漏らしてしまう。

「あっこれから硝子と怖い映画観るんだけど、傑も観る?」
「いや、遠慮するよ。二人の邪魔をしては悪いからね」
「気にしなくていいのにー」
「それに、私はこれで十分だよ。ありがとう、名前」

彼女が買ってきてくれた大量のお菓子を指差して見せれば、そっかーと渋々ではあるが納得してくれたようだ。
彼女はテーブルの上に置いていた彼女の分のチョコレートを乱雑に制服のポケットへと入れると、またね、と手を振って去って行く。
再び一人になった空間は、やけに静まり返っているように感じた。思わず一息吐く。彼女のお陰で少し気が晴れたことに間違いはない。高専という特殊な環境の中、数少ない同期に彼女がいてよかったと思う。
彼女の私を心配してくれている気持ちはよく伝わってきた。
もし、彼女を頼ったら張り切って力になってくれるのだろう。例えそれが、彼女には同意出来ない考え方だったとしても、まるで自分のことのように悩んでくれるのだろう。
けれど、私は彼女に頼ることはない。彼女が頼りないからではない。巻き込みたくないからだ。
そうは思っていても、私は結局彼女のことを巻き込んでしまうかもしれないし、その優しさを踏みにじることになってしまうのかもしれない、とそんな気がした。

すまない名前、私にはもう非術師達が猿にしか見えなくなってしまったんだ。

この日から少しして、名前は夏油が任務先で集落の住民を皆殺しにした件について聞くことになる。


2020/12/31

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