※学生時代


もう少しで夏が終わろうとしている。
大分日が傾くのが早くなってきている。といっても、午後四時を過ぎてもまだ日が照っているし十分に暑かった。
効果はないと分かっていても、つい手で扇子代わりに扇いでしまう。
今日は休日ということもあり、気分転換にと書店に行き読みたかった本を数冊購入してきた。
ビニール袋に入った本を片手に、寮の自室へと足早に向かっている。
角を曲がり、寮までの真っ直ぐな道に差し掛かると、こちらに向かって来る自転車に乗った人物が目に入った。

「あっナナミンー!」

同じタイミングで相手も私を見つけたらしく私のことを呼びながら、彼女は私の真横で自転車を止めた。
休日に偶然彼女に出会えたことについていると思ってしまう。いや、休日でなくとも学年の違う彼女に出会った際は同じことを思ってしまっているのだから本当に自分で自分に呆れてしまう。
彼女は、休日ということもあり見慣れている制服姿ではなく、白と青の縦ストライプのシャツワンピースを着ていて涼しげだった。

「いいタイミングだね。はい、後ろに乗って」
「は?」

自転車の荷台の部分を手で軽く叩きながら、そこに乗るようにと言ってくる彼女に疑問の目を向ける。

「いいから早く!」

彼女の勢いにいつも負けてしまう。
私が彼女に弱いということも大いに関係している。早くと彼女が急かしてくるこの状況で、私がその誘いを断れないことを彼女自身は絶対に分かっていない。
仕方がない、と諦めたように彼女の指示どおりに荷台へと跨った。
手に持っていた書店のビニール袋は彼女が自転車の籠に入れてくれた。籠には既にトートバックが入っていて、中には何やら荷物が沢山入っているように見えた。

「名前」
「ん?」
「漕ぎ手が逆では?」

彼女の勢いに負けて、荷台へと乗ったがどう考えても私が漕ぐ方だろう。絶対にその方がいい。
であるのに、彼女は漕ぎ手を変わる気はないらしい。 

「いいの。ちゃんと掴まっててねー」

捕まっていろと言われても困る。
よく漫画やドラマ等では漕ぎ手の腰に腕を回しているのを目にしたことはあるが、彼女との至近距離に少なからず緊張しているのに彼女の腰に腕を回す勇気はなかった。
散々迷ったあげく、自転車の荷台を掴むことにしたのだが彼女は不満のようだ。

「ナナミンそれじゃ危ないと思う」
「それを言ったら二人乗り自体が危ないでしよう」
「ま、まあ、そうだけど……」
「私はこれで大丈夫なので、気にしないでください」
「……そう?じゃ、落ちないようにね。いっきまーす!」

彼女は、立ち上がると勢いよくペダルを漕ぎ出した。
ぐんっという勢いとともに自転車は想像していたよりも安定してどんどん進んでいく。日々、呪術師として鍛えているとはいえ小柄な彼女のどこにこんな力があるのだろうと鼻歌交じりにペダルを漕いでいる彼女に驚いた。
それから、暫く彼女の漕ぐ自転車に揺られていた。
彼女に疲れた様子は見られないが、目的地がまだ先であるのならこの辺りで交代しておいた方がいいだろう。
そういえば、目的地とは言ったがどこに向かっているのだろうか。彼女の勢いに押されるがまま自転車に乗り、目的地も知らずに付き合っている自分に呆れてしまう。相手が彼女でなければきっとしないだろう。

「名前交代しましょう」
「だーめ!」
「……何故?」
「ナナミンは行き先知らないでしょ」
「では、教えてください」
「まだ秘密!」

自転車の荷台に乗っている私から彼女の表情は見えないが、楽しそうな声の調子から今どんな表情をしているのか想像することは容易い。
おそらく目的地は、彼女が楽しみにしている場所なのだろう。ということは、彼女が好きな甘い食べ物関係の店だろうかと予想がつく。彼女に確認してみたが、どうにも違うらしい。
他にもいくつか思い当たる場所を彼女に聞いてみたが全て外れてしまった。
結局、彼女は目的地を教えてくれなかった。
その後も、道を曲がっては進んでを何度か繰り返して長い下り坂に差し掛かる。
下り坂の先には、青くどこまでも広がる海が見えた。坂を下り終えると海に着くのだろう。
ここで彼女が向かおうとしている先がようやく分かった。

「もしかして……海ですか?」
「あーバレちゃったかー、残念」

そう言いつつも、全く残念がっているようには聞こえなかった。
声が笑っている彼女はやはり楽しそうだった。

そこは、広い砂浜だった。
彼女の自転車の後ろに乗った頃には、まだ照り付けていた太陽が大分傾いて空が橙色に変わり始めている。
ふわりと吹いてきた風が潮の匂いを運んできた。
既に海水浴シーズンは終わっているせいか人は疎らで少ない。押し寄せては引いていく波の音がやけに心地よかった。
日々の喧騒から、かけ離れている静かさと久しぶりに目にした海の広大さに見入ってしまっていたのだろう。はい、と彼女が頬に当ててきたよく冷えた缶ジュースで現実に引き戻された。

「私の好みで買っちゃったからナナミンの口に合わなかったら申し訳ないんだけど……。でも、海で飲むグレープソーダは別格だから騙されたと思って飲んでみて」

確かに普段グレープソーダを好んで飲まないが、彼女が購入してきてくれたものに対して文句を言うつもりはない。

「大丈夫ですよ、ありがとうございます」

グレープソーダの缶を受け取って、金額を払おうとしたら不要だと言われた。何でもここまで付き合わせてしまったお礼なのだという。そういうことであれば素直に受け取っておこうと思った。
グレープソーダを飲みながら砂浜を歩く。
彼女は、履いていたビーチサンダルを片手にもう片方にグレープソーダの缶を持ちながら砂浜に打ち寄せてくる波の中を歩いている。
そのためにビーチサンダルを履いて、タオルも持ってきたらしい。自転車の籠に入っていたやけに膨らんでいたトートバッグの中身はそれだったのかと合点がいった。

「名前、何でいきなり海に来たんですか?」

最もな疑問を口にする。

「んー、夏の思い出作り」

一口グレープソーダを飲みながら彼女はそう答えた。

「そろそろ夏も終わっちゃうから、青春っぽくていいかなーって」

悪戯っぽく笑う彼女につられて自然と口元が緩む。
彼女に連れて来られなければ、この時期に自ら進んで海に来るようなことはなかっただろう。グレープソーダも同じだ。一口、グレープソーダを口に含んで喉を潤す。
確かに、彼女の言うとおりに海で飲むグレープソーダは今まで飲んだそれよりも美味しく感じた。
きっとそれは海という場所のせいもあるのかもしれないが、彼女と一緒だからというのが少なからず影響している。この日のグレープソーダの味を私はきっと忘れないだろう。

「そうですね。それに、」

アナタと来れてよかったと思います、と続けた言葉は今まで穏やかだった波の打ち寄せてきた一際大きい音にかき消されて彼女には届かなかった。

「え、ごめん、聞こえなかった。何て言ったの?」
「いえ、何でもありません」

言ったところで鈍い彼女が察するとは思えないがもう一度口にする気は起きなかった。
それにしても、吹き抜けていく風が気持ちいい。斜め前を歩く彼女の髪と白と青の縦ストライプのシャツワンピースの裾を揺らしている。
夕方の人気のない浜辺を歩く彼女の後ろ姿がまるで映画のワンシーンのようだと思った。


2020/09/14
帰りはナナミンが自転車を漕いで帰りました。

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