本日の任務も終わり、帰路に着こうと高専の敷地内を歩いていた。思っていたより楽な任務で、予定よりも大分早く帰れるため気分も良い。足取りが軽い。つい鼻歌が混ざる。
不意に背後から聞き慣れている声で名前を呼ばれた。足を止め、振り返ると手に袋を提げた彼がいた。

「ナナミン!今帰り?」
「いえ、残念ながら今から出勤です」
「入れ違いか……残念」

彼も帰る途中だったのなら、一緒に帰ってお菓子でも食べようと思ったのだが、実に残念である。

「あれ?でも、これから出勤なのに方向逆じゃない?」

私が向かっていた方向は、高専敷地内から出口へと続く道だ。
これから出勤の彼が向かうのは、私が今しがた歩いて来た方向のはずではないのだろうか。であれば進行方向は逆になる。

「そうなんですが、角を曲がったらアナタが見えたので追いかけて来ました」

成る程。わざわざ追いかけて来てくれたということは何か私に用事があったということだ。何だろうか?軽く考えてみるが、全く思いあたらない。

「何か用事?」
「ええ、今日中に名前にこれを渡したかったので。どうぞ」

すっと手に持っていた袋を差し出してくる。

「?」
「バレンタインのお返しです」
「えっ?あっ、今日ってホワイトデー?」
「はい」
「わーい、ありがとー!」

礼を言い彼から袋を受け取った。
中を覗くと箱が入っており、形から察するにケーキだろうか?丁度、甘いものが食べたかったのでいいタイミングである。

「では、私はこれで」
「えっもう行っちゃうの?」
「これから出勤だと言ったでしょう」
「そうだけどさあー、そうなんだけどさあー。もっとこう何かない?せっかく会ったのに」
「何かとは……?」
「今日も可愛いね!とか」
「……」
「そこで黙るのやめて?何か言って?え、私思わず無言になっちゃうほど可愛くないって思われてるの?」
「まさか。そんな風に思ったことありませんよ」
「よかったー」
「今日も可愛らしいですよ。では、そろそろ」
「あ、うん。行ってらっしゃい」
「行ってきます」

彼は、くるりと私に背を向けて歩き出した。私も彼と逆方向へと歩を進める。
びっくりした。あまりにも普通に平然と可愛いと口にするとは思わなかった。完全に不意打ちだ。
彼に可愛いと言われたことが今までにないわけではないが、頻繁に可愛いと口にする方ではない。思い返してみれば、いつも不意打ちが多い気がする。そして、私は彼のその不意打ちにとても弱い。
にやつきそうになる頬を何とか堪え、知り合いに出会わないことを祈りながら足を早めた。

**

自宅に帰り、そういえば、と帰りに道行く女子高生達の会話で耳にした内容を思い出した。
その時は、後で調べようと近くのコンビニに寄って今の今まですっかり忘れていた。
たまたま聞こえてきた女子高生達の会話によると、ホワイトデーのお返しにはどうやら意味があるらしい。マシュマロはよくないとかそんな会話が聞こえてきた。
彼から貰ったのがマシュマロではなくてよかったと思う。思い出してみれば、今でのホワイトデーのお返しに彼からマシュマロを貰ったことはない。
彼から貰ったホワイトデーのお返しのバウムクーヘンを皿に切り分ける。テーブルには、バウムクーヘンが乗った皿と紅茶が入ったカップ。食べる準備は万全である。
フォークで、バウムクーヘンを一口分切り取り口へと運ぶ。期待通りの甘みが口の中に広がった。やはり彼は私の好みをよく分かっている。大袈裟かもしれないが、今まで食べたバウムクーヘンを超える美味しさの様に感じた。
もう一口分フォークで切り取って口へと運びながら、もう片方の手でスマートフォンを操作する。検索画面を表示し、ホワイトデーのお返しの意味について調べた。
スマートフォンの画面にバウムクーヘンの意味が表示される。
食べていたバウムクーヘンを飲み込み、紅茶を一口飲んでスマートフォンの画面を見る。

「えーっと、バウムクーヘンの意味は……二人の幸福がいつまでも続きますように?」

スマートフォンの画面を凝視したまま固まった。
ホワイトデーのお返しのバウムクーヘンにこういう意味があったなんて知らなかった。彼は毎年、律儀にホワイトデーにお返しをくれるけれど、過去に貰った物も何かしら意味があったということだろうか?てっきり私の好きな物をくれているのだと思っていた。
今回も、少し前に美味しいお菓子が食べたいと私が騒いでいたから、バウムクーヘンをくれたのかと思った。
実のところはそうではなく、ちゃんと意味があってそれを知っていて彼はお返しを選んでいたということなのだろうか?

「ああーもう!ずるいよナナミン!」

手に持っていたフォークを皿の上に置く。
そして、そのまま床へと倒れ込むと自室で堪える必要がないことをいいことに、私は思わずその場で悶えた。
ちなみに、後日彼にそれについて話をすると、ようやく気付いたんですか、と呆れた様に言われた。


2019/03/10

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