※死ネタ


私は死んだはずだった。
彼が死んで目の前が真っ白になった。言葉のとおりに、本当に真っ白になって足元が揺らいだ。
実際は揺れてなどいないのに、ゆらゆらと気持ちの悪い揺れ方をし始めた私の身体は、終いには脚に力が入らなくなって側にいた硝子に支えてもらったのを覚えている。
それでも、なんとか彼の死後一ヶ月は頑張って生きた。頑張るという言葉はあまり好きではないけれど、この一ヶ月は大袈裟かもしれないが私の人生史上一番努力をしたと思う。
本当はすぐに後を追おうとした。追いたかった。でも、きっとそれは彼は望まないだろうし、それをしたら彼に怒られるだろうと思ったから私は生きる努力をした。
ならば何故、死んでしまったのかといえば任務中に私では勝てない呪霊と対峙した時に思ってしまったからだ。
ここで生きることを諦めたら、彼の元に行けるのではないか、と。彼と再び会えるのではないか、と。
彼は私の死は望んでないこと後を追ったら怒られるだろうということは、分かっていたにも関わらず私の生きる意志はいとも簡単に揺らいだ。
再会出来るのなら怒られてもいい。寧ろ叱ってほしい。この時の私は再び彼に会えるのなら何だってよかった。
最期に死んだとして彼と再び会える保証も確証もないのに、と自嘲気味な笑みを浮かべながら私は呪霊の攻撃をその身に受け入れた。だから、私の身体を引き裂いたあの攻撃で私の意識はぶつりと途切れた。
あそこで、私は確実に死んだはずだった。
そう認識していたのに、どうしてさっきから私の名前を呼ぶ声が聞こえるのだろう。

「名前」

大好きな聞きたかった声が私の名前を呼んでいる。

「……」

目を開くと心配そうな表情をしている彼と視線がぶつかった。

「魘されていましたが、怖い夢でも見ましたか?」

泣いていたらしい私の頬を伝う涙を彼は拭ってくれる。

「ナナミン?」
「はい」

いつもと変わらない彼がそこにいた。
きっとこれは夢なのだとすぐに気付いた。
けれど、私は死んだはずだから夢というのは違うのかもしれない。
ということは、これは死後の世界というものなのだろうか。
辺りを見回してみるが、どう見ても見慣れた彼の部屋だ。何一つ変わったところはない。
まるで時間が彼の死の前に戻ったかのように、いつもどおりの光景だった。
側に座っている彼に腕を伸ばす。起き上がって抱き付いたら、彼の匂いが私を包み込んでくれる。やはり私は彼のことが大好きなのだなあと実感した。
ここが、夢なのか死後の世界なのかは分からないが、こうして彼に再び会えたのだからもうどちらであっても構わないと、そう思うことにした。

「そんなに怖い夢だったんですか?」
「うん、怖かった」

優しい手つきで頭を撫でてくれる。

「大丈夫ですよ。もう怖い夢は終わりましたから」
「うん」
「名前」
「ん」
「安心してください」
「うん」

どのくらいの間、私は彼に抱き付いたままで、彼は私の頭を優しく撫でてくれていたのか分からない。数分にも感じるしもっと長い時間にも感じる。

「涙は止まりましたか?」
「うん」
「名前」

再び名前を呼ばれて、抱き付いていた腕を緩めて顔を上げるともう涙はないのに涙を拭うように目尻にキスをされた。
驚いたような表情をすると、彼は優しそうに微笑んだ。

「今日は出かける約束でしょう」
「え、出かける……?」
「忘れたんですか……。映画を観てカフェ巡りをしたいと言ったのは名前でしょう」
「……そうだっけ?」
「名前……もしかしてまだ寝ぼけてるんですか?」

呆れたような彼の視線が降ってくる。
なんだかそれがすごく久しぶりで懐かしく感じて、引っ込んでいた涙が湧いてきそうになった。

「……うん、そうかも」

我慢出来ずに、再び溢れてしまった涙が頬をゆっくりと伝っていく。
いきなり泣き出した私に、彼は驚いた様子だったけれど仕方ないですね、とふんわりとした手つきで流れ出た涙を拭ってくれた。
再び会えた嬉しさと彼の変わらなさと彼に会えなかった間のこととやはり彼が大好きであること他にも色々な感情が入り混ざってごちゃごちゃになって、まるで子供のように本格的に泣き出してしまった私を彼は抱き締めてくれる。
あやすように背中をぽんぽんと軽く叩く彼の手はひどく優しかった。


2020/09/14

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