たしか任務帰りに二人で住宅街を歩いていたはずだった。
他愛のない話をたった今まで隣にいた彼女としていたのだが、気が付けばいつの前にか隣にいた彼女はいなくなっていた。
立ち止まり辺りを見回してみるが、隠れられそうな場所はない。
こんな場所で、瞬きをした一瞬のうちに消えていなくなるようなことが出来るだろうか。彼女は、予想外な行動をする人ではあるが今回のこれはそれとは違うような気がした。
上着のポケットからスマートフォンを取り出すと、画面には二十一時十分と表示されていた。圏外ではないということは電話は通じるのかもしれないと、彼女に電話をかけようとした瞬間、画面に彼女の名前が表示される。彼女の方が早かったようだ。電話に出るとすかさず彼女の声が聞こえてきた。

『ナナミン!あ、よかった出てくれた。もーどこに行っちゃったの?もしかして迷子?』
「その台詞はそのままお返しします」

声に特に変わった様子はない。
普段どおりの彼女の声を聞き少しだけ安心した。

『えっ!?』
「名前、一旦状況を整理しましょう」
『うん』
「任務帰りに一緒に歩いていたら、いつの間にか一人になっていた……名前も同じですか?」
『うん』
「一人になる前に、呪霊……もしくは何かの気配は感じましたか?」
『なかったと思う』
「同じ、ですね。ですが、これは、もう相手の手の中でしょうね」
『やっぱり、そうだよね……』

電話越しに、彼女の靴音が聞こえてくる。
私が今いる方では、辺りはしんと鎮まりかえっていて誰かが歩く靴音は聞こえてこない。彼女は近くにはいないことが分かる。

「辺りに何か見えますか?」
『んー何か……歩いても歩いても住宅街を抜けないけど……あっ月が綺麗!』
「月?」

思わず眉を顰める。おかしい。

『うん、綺麗な満月』

彼女の台詞で違和感が確信に変わる。
今日は新月だ。満月など見えるはずがない。
おそらく巻き込まれてしまっている側は彼女だ。

「名前、落ち着いて聞いてください」
『え、うん』

私が言葉を発しようとした瞬間に、突然通話が切れた。ツーツーという不通音だけが虚しく聞こえてくる。

「名前!?」

聞こえないとは分かっていても彼女の名前を呼んでしまう。
彼女がどこにいるのか手がかりも何もないが、じっとしていられなかった。どこに向かったらいいのかも分からないが、走り出そうと一歩踏み出した途端に、地面がぐにゃりと歪み出す。地面だけではなく、周囲の景色もどんどん歪み始めるとどんどん混ざり合っていく。

「ナナミン!」

彼女の声ではっとした。
目を開けると、目の前には心配そうな表情をした彼女がいた。

「名前?」
「よかった。起きてくれた」
「……起きた?」
「うん、寝てたの私達」
「は?」
「原因はあれ」

彼女が指差した方を見やると、住宅街の細い道の真ん中に大きな一つ目の呪霊が倒れていた。
大きな一つ目は半分潰れている。

「目が合うと強制的に夢の世界に引っ張られるみたい」

成る程、眠ったことにも気が付かなかったが、言われてみれば眠りに落ちる前にあの姿を一瞬だけ目にしたような気はする。
彼女が起こしてくれなければ、未だ夢の世界にいたのだろう。いや、あの歪みに呑み込まれどうなっていたのか。と、そこまで考えて、確か彼女は眠っていたのは私達と言っていた。つまり彼女も眠ってしまっていたのだ。私は彼女に起こされて目を覚ますことが出来たが、では彼女は一体どうやって目を覚ましたのだろうか。周囲には、私達と倒れている呪霊の姿しかない。

「名前は、どうやって目を覚ましたんですか?」
「……え、ええっと」

何故か彼女は、恥ずかしそうに目を逸らす。

「その……盛大にお腹が……」

鳴っちゃって、と口にした時には小さくなっていた声は殆ど聞き取れない程になっていた。
あまりにも、予想外で彼女らしい理由に思わず笑いを漏らしてしまう。

「ナナミン!?」
「すみません、まさかそんな返答がくるとは予想外でした」
「は、恥ずかしい……!」

彼女は、両手で顔を覆って恥ずかしいと何度も口にしている。
そんな彼女に、ふっと頬が緩む。夢ではあったが、いきなり通話が切れてしまった時には何かあったのだろうと心配した。彼女が、無事でよかったと安堵する。
彼女に、半分目を潰された大きな一つ目はもう術式を使えないようだ。おそらくきっちりと開眼した状態でなければ使えない代物なのだろう。
大きな一つ目は、動こうとしているが半分目を潰されバランスが取れずに起き上がろうとしては転んでいた。
彼女が止めをまだ刺していないのは、私にかけられた術を解かないうちに大きな一つ目を祓うとそのまま道連れにされる可能性があったからだろう。だから、彼女は大きな一つ目を半分潰し無力化したのだ。

「名前、ありがとうございます」

未だ恥ずかしいと両手で顔を覆っている彼女の頭を優しく撫でる。ふわりと漂った彼女のシャンプーの香りがこれが夢ではないことを実感させてくれる。
そして、背中のホルスターに装着している鉈を手に取ると、動こうともがいている大きな一つ目を祓うべく一歩足を踏み出す。
夜空には、紅みがかった満月が怪しく煌めいていた。


2020/09/06

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