※学生時代


授業を終え、寮へと向かう途中でシャボン玉を吹いている一つ上の先輩二人を見かけた。
何かの見間違いかと思いまじまじと目を凝らしてみるが、やはりどこからどう見てもシャボン玉を吹いている先輩二人だ。見間違いではないらしい。
このまま進めば間違いなく巻き込まれるだろう。いや、もう既に遅いかもしれない。まじまじと目を凝らさずに、少し前の脇道に曲がっておくべきだったか、と己の行動に後悔し始めたタイミングでこちらに気が付いた彼女が私の名前を呼びながら手を振ってきた。
これはもう逃げられないな、と巻き込まれることに腹を括り二人との距離を縮めて行く。途中、ふよふよと宙を飛んできたシャボン玉とすれ違った。

「何してるんですか?」

何をしているのかなど一目で分かるが、そう口に出さずにはいられなかった。
目の前の二人は手に持った吹き具でシャボン玉を作り出すと、声を揃えてシャボン玉という回答が返ってきた。

「ねえナナミン、このシャボン玉ただのシャボン玉じゃないんだよ」

どこからどう見ても変わったところはない。普通のシャボン玉に見える。
首を傾げていると彼女は吹き具でシャボン玉を複数作り出し、その宙に浮いているシャボン玉をぱくりと口に含んだ。

「え……?」

呆然としている私に、彼女は得意げな表情を向けてくる。

「なんと、食べれるシャボン玉なんだよ!」

成る程、と納得する。
いきなりシャボン玉を食べた彼女を目にした時は驚いたが、そういうシャボン玉であるのなら問題はないのだろう。

「でも、それ、美味しいんですか?」
「んー……微妙」
「まあ、美味しいとは言えないね」

美味しくはないらしい。
というか、夏油さんも食べていたことに驚いたが敢えてそこには反応しないことにした。

「ナナミンも食べる?」
「美味しくないものを勧めてこないでください」
「えー、記念に一回食べてみない?」
「何の記念ですか……」

適当な理由をこじつけてシャボン玉を食べさせようとしてくる彼女の誘いを再度断る。
少し残念そうにしていたが、特に気にした風もなくシャボン玉を吹き始めた。

「七海、一応言っておくと私は付き合わされているだけだよ」

彼女と同様にシャボン玉を吹きながらそう口にする夏油さんの説得力のなさに溜息を吐きそうになった。十分楽しんでいるようにしか見えないのだが。

「でも、傑も面白そうって言ってノリノリだったじゃん」
「面白そうとは言ったけど、別にノリノリではなかったよ」
「えっ……!?」

がっかりする彼女を揶揄う様に笑うと、夏油さんは手に持っていたシャボン玉液が入った容器と吹き具を私へと渡してきた。

「はい?」
「この後用事があってね。あとは任せるよ、七海」

去り際に、私の肩を軽く叩き意味深な笑みを残して行った。
以前から夏油さんは、私の彼女に対する気持ちに気付いていることは知っていたが、下手に気を使われても困る。

「で、どうしろと?」

渡されたシャボン玉液が入った容器と吹き具を手に思わず漏らした。

「どうって、ナナミンもシャボン玉やろうよ」

やはりそうなるのか。
最後にシャボン玉をしたのは一体いつだっただろうか。まさかこの歳になって、一つ歳上の先輩にシャボン玉をしようと誘われるとは全く予想していなかった。

「いえ、私は……」
「え、シャボン玉しないの?」

彼女の悲しそうな表情を前に、続きを口に出せなくなってしまった。
これが彼女ではなく他の誰かであったなら、はっきりと断っていただろう。だが、彼女相手にばっさりと切り捨てることは私には難しくなってしまっている。
彼女は、私が彼女のそういう表情に弱いということを分かってやっているはずがないのだが、無意識というものは本当にずるいと思った。

「仕方ないですね……少しだけですよ」

諦めたようにそう言えば、彼女は嬉しそうな笑みを浮かべる。

「やったー!」

何であれ放課後の自由な時間を彼女と二人きりで過ごせるのなら悪くはない。
悪くはないのだが、何故シャボン玉なのだろう?という疑問は残っていた。


2020/08/18

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