※学生時代


今年も夏がやってきた。
よく晴れた青空の下、ギラギラと照らしてくる太陽が暑い。黙ることを忘れてしまったかの様に鳴き続ける蝉の声で余計に暑苦しさが増す気がして、七海は眉間に少し皺を寄せた。
都内のとある駅で、名前と待ち合わせをしていた。この近くで任務があったらしい名前は、そのままこちらに向かっていると先程七海の携帯にメールが入った。
メールを受信して、十数分が経っただろうか。そろそろ名前が着く頃だろう。
名前が遅刻をしているわけではない。行きたいところがあるからと半ば無理やり名前に付き合わされるかたちにはなっているが、七海はそれが嫌ではなかったし、少なからず今日を楽しみにしていたのは事実である。要は、待ち合わせ場所に早く着いてしまったのだ。
携帯を開き時刻を確認する。この場所に来てこの一連の動作を何度したのか分からない。画面に表示される時刻はついさっき見た時と変わってはいなかった。
時間が経つのが随分と遅く感じる、と七海が思ったところで改札から出てきた名前が目に入る。七海の姿に気付いた名前が手を振りながら近付いて来た。

「お待たせー。ごめん、ちょっと遅くなっちゃったね」
「いえ、私も来たばかりなので気にしないでください」

十五分前には着いていたが、それを正直に口にする七海ではない。名前に余計な気を使わせたくはなかった。

「今日暑いねー」

ぱたぱたと手を団扇代わりに煽いでいる名前に、そうですねと返事をする。
名前の姿を目にした時から気付いてはいたが、今日の名前は暑いからか長い髪を高い位置でお団子にしていた。普段とは違う髪型のせいか雰囲気が違って見えるが、名前によく似合っていたし可愛いと七海と思った。
問題は、その髪型には非常に見覚えがあったことだ。普段からよくその髪型をしている人物に心当たりがありすぎる。名前と同期の夏油だ。
気になっている存在である名前が、夏油と同じ髪型をしていることにどうにも釈然としない。二人は同期なこともあり、仲は悪くない。というか、仲が良い。七海よりも一年早く付き合いがあるのだから当然ではあるのだが、それが名前であるからどうにも気になってしまう。

「ナナミン?どうかした?」

黙っている七海に名前は首を傾げた。

「いえ、その髪型が……」
「え?ああ、これね、暑かったから。傑とお揃いにしちゃった」
「……はあ」

思っていたことを名前の口から平然と言われ、七海は生返事しか返せなかった。
何か意図的なことがあって、夏油と同じ髪型にしているのかと思ったが名前の様子を見るに特に理由はなさそうではある。
おそらく、暑いから髪を結ぼうとした名前の視界に、たまたま夏油が入り同じように結んでみたといったところだろうと七海は予想する。
そして、その予想は的を得ていた。今日、名前と一緒の任務だったのは夏油である。その際に、七海の予想どおりのことを実際にやってきている。

「似合う?」
「そうですね」
「えーなんか心がこもってない……」

自分で思っているよりもぶっきらぼうな返答になってしまっただろうかと、七海は謝罪の言葉を口にするが、名前は特に気にした様子もなく笑ってみせた。

「じゃ、行こっか」

歩き出した名前の後を追いながら、七海は行き先を聞いていないことを思い出した。
名前の勢いに負けて、仕方がないと承諾したがそもそもどこに行くつもりなのか。よく確認もせずに、約束をしたものだと七海は自分に驚いた。きっと相手が名前であるからなのだろう。名前でなければ絶対にやらないな、と思った。

「名前」
「んー?」
「行くってどこにですか?」
「えっ!?あれ?言ってなかったっけ?」
「はい」
「ごめんごめん。えっとね、ここの近くにあるかき氷屋さんに行こうと思って」
「かき氷?」
「うん」

七海は特別かき氷が好きなわけではなかったし、かき氷が食べたいという会話を名前とした覚えたもなかった。誘うなら名前の同期であるあの三人でもいいはずである。
であるのに、何故自分一人にだけにわざわざ声をかけたのか。あと何故かき氷なのか、という七海の思考が表情に出ていたのかもしれない。

「最近暑いからかき氷が食べたくてねー」

成る程、実に単純な理由だった。
だが、もう一つの訳は不明のままだ。気になった七海は、名前には単刀直入に聞いた方が早いだろうと口を開く。

「では、何故私を誘ったんですか?」
「ああ、それは、ナナミンとかき氷食べに行きたかったから」
「……え」
「えっもしかしてかき氷苦手だった?」
「いえ」
「ならよかった!」

もう少しマシな返し方は出来ないものか、と七海は後悔したが、隣を歩く名前が気にした様子もなく嬉しそうに笑うのでつられて自然と頬が緩むのを感じた。
名前は、おそらく親しい友人を誘うのと同様に七海に声をかけたのだろう。実際、名前にとって七海は親しい友人の一人であることに変わりはない。
それも悪くはないのだが、七海としては名前に友人とは別の異性として少しは見てほしい気持ちがないといったら嘘になる。鈍感な彼女には、直接伝えるのが手っ取り早いのは分かっているが、今のこの関係を壊したくはないと思っている七海がいることもまた事実だ。

「ナナミンは何味にする?」
「そうですね、では宇治金時を」
「あーいいねえ。私はね、苺系にしよっかなー」

店に向かう道中、まだメニューも見ていないのにそんな会話をしながら歩を進める。
相変わらず容赦なく照らしてくる太陽の暑さと鳴き続ける蝉の声で余計に暑さを感じてしまう気がしたが、隣に名前がいるだけで七海の眉間に寄る皺はなくなっていた。


2020/07/28

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