※学生時代


補助監督である宇喜多は困っていた。
高専二年生の七海の任務に同行していたのだが、その任務は無事に終わった。
いや、無事ではないか。七海は軽傷であるが怪我をしていたし、今回の任務で関わりがあった一般人が服が破けたことが気に食わないらしく七海にあることないこと文句をぶつけ始めて早三十分が経過しているのだから。
寧ろ服が少し破けたくらいで済んでよかったと言うには十分である。七海がいなければ確実に呪霊に殺されていた。言うべくは文句ではく礼の方だ、と宇喜多は思う。
止まらない文句に、大人である自分が仲裁すべきだと間に入ろうとしたのだが、元々押しに弱い性格である宇喜多は相手の見事な剣幕にやられ早々に押し負けてしまった。
第三者に助けを求めた方がいいだろうと携帯電話で連絡を取ろうとした瞬間に、宇喜多の視界に入って来たのはコンビニの袋を手に持ち鼻歌まじりに通りがかった名前だった。
名前の任務に同行することが多い宇喜多は、自然と名前と打ち解けており高専生の中でも仲の良い部類に入る。よく見知った人物がたまたま通りがかるとは運がいいと宇喜多は名前の元へと駆け寄って行った。

「名字さん!」

ただこの時の宇喜多は、名前がこのような場合に破茶滅茶なことをやらかす人物だということを綺麗さっぱりと頭から抜け落ちてしまっていた。もし、冷静であったのなら少し考えて思いとどまっていただろう。
宇喜多に声をかけられた名前は、足を止め首を傾げる。

「何かあったんですか?」

慌てた様子で近寄って来た宇喜多に名前は理由を問う。
宇喜多は一息置くと、ひと通りこれまでの経緯を説明し、最後に助けてくださいと名前に泣きついた。
名前はといえば、話を聞き終えるとすぐに行動に移った。
数メートル離れた角を曲がったところにある駐車場に七海と一般人がいる。駐車場といっても止めてあるのは、端っこにある宇喜多が運転をして来た高専の車のみで他には何もない。
名前が角を曲がると駐車場と七海の後ろ姿が視界に入る。七海を一方的に怒鳴りつける一般人の大声もはっきりと聞こえてきた。名前の位置からは数十メートル離れているにも関わらず、何を言っているのかはっきりと聞こえてくる怒声は大したものだ。
呪霊を祓い終えてから、一般人にあの調子で怒鳴られ続けている七海の後ろ姿からは疲労感が見て取れる。
名前は何やら考える素振りでそれを少し眺め、辺りをきょろきょろと見渡し何かを探し始めた。宇喜多が不思議そうに見ていると、駐車場の入り口付近、丁度名前の立っていた位置から数メートルのところに落ちていたピンポン玉くらいの大きさの石を名前は手に取った。
瞬間、宇喜多は嫌な予感がすると同時に名前が破茶滅茶なことをやらかす人物だということを思い出し、名前を止めようとするが全てが遅すぎた。
名前は、手に持ったその石を何の迷いもなく思いっきりぶん投げた。正確には、呪力を込めた石を呪力を込めた腕で力任せに投げつけたというべきか。
物凄い勢いで投げられた石は七海の真横を通りすぎ、一般人の顔の横をかすめると駐車場のコンクリートにめり込んだ。
何が起こったのか把握出来ていないのだろう一般人は、恐る恐る自分の背後を振り返る。コンクリートにめり込んだ石を見ると顔を真っ青にした。暫く続いていた怒声が漸く止んだ駐車場には静寂が訪れたが、その静寂を破ったのは名前の気の抜けた様な声だった。

「あーすみませーん、びっくりさせちゃいました?」
「……」

七海と一般人のところへと名前は駆け寄るとへらへらとした調子で続ける。

「いやー今あなたの後ろに呪霊が……あっ呪霊っていうのは彼が先に祓ってくれたものと同じなんですけど……」

ぽんっと七海の背中を軽く叩く。

「で、その呪霊がまーたあなたを狙ってたので私が吹き飛ばしました」
「……」
「なのでもう大丈夫でーす」

にっこりとした笑みを一般人へと向ける。
完全に名前の投擲に恐怖した一般人は何かを言おうとするが、口を金魚の様にぱくぱくとさせているだけで声になっていなかった。
名前は、驚いている七海の手を掴むと早くと視線で合図を送る。

「じゃあ、私達の仕事は完了ですので失礼しまーす」
「……」
「あ、そうそう。一日に二回も呪霊に狙われるなんて気をつけた方がいいですよ。……夜道とか」

わざと不安を残す様な言い方をして名前は七海の手を引き、未だ駐車場の入り口付近で呆然としている宇喜多へ声をかける。

「宇喜多さん早く車!」

名前に名前を呼ばれて、はっとした宇喜多は慌てて車の元へ行き鍵を開け運転席へと腰を下ろした。
宇喜多がエンジンをかけたタイミングで、名前が後部座席のドアを開け七海を先に乗せるとそれに名前も続く。後部座席のドアを名前が閉めるのを確認すると、宇喜多は車を動かし駐車場を後にした。
少しして、車内の静寂を破ったのは宇喜多と七海だった。二人に口を揃えてやりすぎだと言われた名前は、何故か照れた様な笑みを浮かべる。

「えへへ」
「褒めてません」
「ええー、可愛い後輩を助けた先輩を褒めてもいいと思うな」
「……」
「えっスルー!?」

七海がわざと沈黙を返す。

「なるべく穏便な方法を選んだのになあ……」

そう漏らした名前に、宇喜多と七海はあれが?と口にしそうになったが、他に名前が考えていた方法があったとしてそれは聞かない方がいいだろうとあえて何も言わなかった。
名前のやり方がどうであれ、結果名前に助けられたことは事実である。もし、名前がいなければ七海は未だに一方的に怒声を浴びていたかもしれない。

「名前」
「んー?」
「礼がまだでした。助けてくれてありがとうございます」
「えへへ、どういたしまして」

七海は少し考える素振りをして、

「……やりすぎと言いましたが、実はちょっとすっきりしました」
「はは、それはよかった!」

名前は、悪戯な笑みを浮かべてみせる。
何も言わなかったが、宇喜多も七海と同じ気持ちだった。



高専に戻ってから報告を聞いた夜蛾に名前が叱られたことは言うまでもない。
ちなみに、どこから話を聞いたのか名前の同期である五条には今回のことを爆笑され、夏油からは少し説教をされ、家入からはまたやらかしたのかと呆れられている。

「疲れた……」

寮の共有スペースのソファーに座りげっそりとした名前が滑り込んだ。
背凭れに頭を乗せてだらりと全身の力を抜いている。

「お疲れ様です」

同時に名前の視線にアイスクリームが入ったコンビニの袋が入ってくる。
それに反応して背凭れから頭を起こすと、七海が側に立ちアイスクリームが入ったコンビニの袋を差し出していた。

「アイスだ!いいの?」
「どうぞ。今日は助けていただいたので」
「わーい、ありがとう!」

七海からアイスクリームが入ったコンビニの袋を受け取ると、袋の中からアイスクリームを取り出す。一つだけのそれに名前は首を傾げた。

「あれ?ナナミンのは?」
「私のはこれで」

見ると七海の手には、ペットボトルのお茶が握られていた。七海は、名前の向かい側のソファーに座るとペットボトルのキャップを開け一口飲んだ。

「アイスはいいの?」
「はい。気にせずどうぞ」
「うーん……」

何やら納得がいかない表情をしている。少し考えた後、閃いた様な表情をするとアイスクリームの蓋を開け、スプーンで一口分掬うと七海に差し出してくる。

「はい、あーん」
「……は?」

二人以外には誰もいない寮の共有スペースで、七海にとって気になる存在である名前がスプーンに乗せたアイスクリームを差し出くるという非常に得な状況であるのだが七海は固まってしまう。
おそらくここで七海が素直にアイスクリームを食べたら、名前は特に気にせずというか何も考えずにそのスプーンでアイスクリームを掬って普通に食べ始めるのだろう。
七海にとって損はないのだが、まだそれを良しと出来ないのがこの時の七海である。

「いえ、私のことはいいですから……」
「えー。あ、もしかして照れてる?」
「……別に」
「ふーん」
「早く食べないと溶けますよ。アナタのために買ってきたので遠慮せず食べてください」
「…………まあ、そう言うならいいけど」

少し不満気ではあるが、名前は七海に差し出していたスプーンを引っ込めるとその一口を自分の口に持っていった。

「後でやっぱ食べたかったって言ってももう遅いんだからね」
「言いませんよ……」

暫しの間、沈黙が流れる。
名前は気にせずにアイスクリームを満足そうに食べていた。何か喋り始めるとしたら、アイスクリームを食べ終えた後だろう。
七海は、再びペットボトルから一口お茶を読むと口を開いた。

「名前、すみませんでした」

唐突な七海の謝罪に名前のアイスクリームを食べる手が止まる。

「え、私何かナナミンに謝られることしたっけ?」
「……叱られたんでしょう」
「ああ、それ。怒られるのは覚悟の上だったから気にしなくていいよ」
「え?」
「だって、ムカついちゃったし。いーのいーの!」

全く気にしている素振りを見せずからからと笑ってみせる。
普段から予想外な行動をする変わった人だと七海は名前のことを思っているが、いざという時に七海のことを助けて心配してくれる、それでいて恩着せがましい態度を見せないこの人には敵わないとも思う。

「それに、アイスも貰えたし。アイスのためなら説教の一つや二つくらい平気平気」

アイスクリーム一つとは随分安い報酬で平気なんだな、と七海は思ったが口には出さなかった。代わりに、ふっと自然と笑みが漏れた。


2020/07/13

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