風呂上りにリビングに足を踏み入れたら、彼女に呼び止められた。
どうしたのだろう?と足を止めた私の元へ近付いて来た彼女は、私の真正面に立つと必死に背伸びをし始める。それにしても距離が近い。ぎゅっと私の着ているパジャマを掴み、爪先立ちをしている彼女が何をしようとしているのか察しがついた。
彼女は必死なのだろうが、このまま背伸びを続けても届きそうもない。先に風呂から上がっていた彼女から香ってくるシャンプーの匂いが、彼女が背伸びをする度に鼻腔を擽ってくる。
先日色違いで買ったパジャマを着ている彼女の姿は今日初めて見た。彼女は水色と淡いピンク色で迷っていたが、最終的に淡いピンク色に決めたその選択は間違っていなかったと思う。淡いピンク色のパジャマはよく彼女に似合っている。
と、我ながら呑気にそんなことを思っていたが彼女が無理だと諦めてしまう前に手助けをしなければと彼女の名前を呼ぶ。瞬間、背伸びしていた彼女の動きが止まる。少し屈むと彼女をそのまま持ち上げた。

「うわっ!?」
「これで届くでしょう」

私から見て下にあった彼女の瞳が同じ高さでかち合う。

「あっうん。えっと……」

驚いた様に大きくなった目は、次の瞬間には明後日の方向を彷徨い始めた。明らかに動揺していることが見てとれる。

「キスしてくれないんですか?」
「えっ……なっ何でバレて……!?」

わざと彼女の耳元に口を寄せてそう言えば、再び驚いた表情を向けてくる。

「……あれでバレてないと思ってることに驚きですよ」

目の前で恋人に彼女の様な言動をされたら誰だって気付くだろう。
いや、もしかしたら彼女はこちらがそれに気付く前にキスをして驚かせたかったのかもしれないが、残念ながら身長差の壁が立ちはだかってしまったというところか。

「あー……恥ずかしい」

両手で顔を覆ってがっくりと首を落としてしまった彼女に思わず笑みが漏れてしまう。

「笑われた……」
「すみません」
「うん」
「名前」
「ん」

彼女からのキスを期待していたのだが、両手で顔を覆ってしまった彼女のこの状況を打破するにはどうしたものか。
少し考えてみたが、この場合は下手な小細工をするよりストレートに彼女に伝えた方がいいだろう。

「キスはしてくれないんですか?」
「えっ!?」
「アナタからしてくれるのは珍しいので期待したんですが……」
「……」
「名前、ダメですか?」
「う……ダ、ダメじゃない」

ようやく彼女の顔を覆っていた両手が外された。
揺れる様な彼女の瞳が私へと向けられる。私とは違う色の彼女の瞳が綺麗だと思った。

「目、瞑って」

彼女の綺麗な瞳をもう少し見ていたかったが、素直に目を閉じた。
彼女の手が私の肩へと置かれる。そして、控えめに重ねられた彼女の唇はいつものキスより甘い気がした。


2020/06/15

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