※もし普通の高校に通っていたら


放課後の図書室で、図書委員の仕事を全うしていた。
といっても、殆どの生徒は部活動に励むか帰宅してしまうためテスト前でもない今は、図書室に好んで来る生徒は珍しい。
図書委員の仕事を全うしていたとはいったものの、人が来ないのだから特にすることもなく、持参していた本を暇潰しに読むくらいしかすることがない。
本を読み始めて数分が経った頃、勢いよく図書室のドアが開いた。
しんとしていた図書室にいきなりドアが開く音に驚いて、視線を向ければそこにはにこにことした笑みを浮かべている一つ歳上の彼女が立っていた。

「やっほーナナミン」

彼女は図書室入口のカウンター内へいる私へと手を振り、ドアを閉めるとカウンターから一番近いところにある座席へと座る。
バッグの中から今日発売の週刊の漫画雑誌を取り出すと読み始めた。

「……また来たんですか?」

また、というのは私が当番の日に彼女が訪れたのことが今までも度々あったからだ。図書室の本を読むわけでもなく、持参した漫画本を読むか携帯を弄って適当な頃合いに帰って行くのがいつもの彼女の行動パターンである。

「うん。ナナミンと遊びに」
「図書委員の仕事があるんですが」
「でも、誰も来ないでしょ」

そのとおりである。
現に、図書室には私と彼女の二人しかいない。

「邪魔しないから、ね?」

いいでしょ、と彼女に言われれば私は肯定するしかない。
仕方がないと、やや大袈裟に溜息を一つ落としてみせたのは彼女に対するせめてもの抵抗だ。

「お好きにどうぞ」
「やった!」

自分がつくづくこの人に甘いということはよく分かっている。
彼女と出会ったのは約一年前だ。
高校に入って一ヶ月が経った頃、朝早く来すぎたため教室には誰もいなかった。自席について予習でもしておこうと教科書を開きかけた瞬間に、勢いよくドアを開けて入って来た女生徒が一人。それが彼女だった。すぐに教室を間違えたことに気付き慌てて去って行ったが、出会いとしては強烈に印象に残る出来事だった。
そして、それをきっかけに彼女から一方的によく声をかけられるようになった。
始めは慣れ慣れしい先輩だと思っていたが、それが学年の違う彼女を見かけない日が少し寂しく感じる様になったのはいつの日だったか。彼女に声をかけられるのが嬉しくなったのはいつだったか。
正確な日付などは覚えてはいないが、いつしか私は彼女と過ごす時間が好ましくなっていた。

「ねーナナミン」

漫画雑誌を読んだままの彼女に呼ばれる。

「何ですか?」
「今日一緒に帰ろーね」

視線は漫画雑誌に向けたまま呑気に聞いてくる。
どういう意図があるのだろうと勘繰ってしまうが、おそらく彼女の場合は何も考えていないのかもしれない。こちらの想像を超えて、彼女は恋愛方面において鈍感だということがこの一年でよく分かった。
期待をしてしまうほど後々予想外な答えに項垂れることなるのだから、深く考えない方がいいのだろう。
だが、それはそれとして、いつもは適当な時間に帰って行く彼女のせっかくの誘いを断る理由はない。このまま帰宅時間まで図書室で過ごし、最寄り駅までは一緒にいられることが嬉しくないといえば嘘になる。
彼女は、相変わらず漫画雑誌を読むのに夢中になっていた。
ふと私は自分の中の現れた一つの感情に気が付いた。遊びに来たと口にした割に、ひたすら彼女の視線が向けられたままの漫画雑誌へと嫉妬してしまっている。その感情を冗談だろうと否定してみるが、どうにも冗談ではないらしい。
漫画雑誌に嫉妬をするなど、我ながら随分と幼稚で馬鹿らしいということは理解しているが、そんな嫉妬心から少しだけ意地悪をしたくなった。

「……嫌です、と言ったらどうしますか?」

少しの沈黙。

「えっ嫌なの!?」

漸く彼女の視線が漫画雑誌から外れて、その瞳が私に向けられる。
たったそれだけのことに安堵し、幼稚な嫉妬心はどこかに消えてしまったのだから我ながら単純である。

「……すみません。嫌じゃないですよ」

驚いた様な不安そうな表情をしている彼女にそう伝えればすぐにいつもの笑顔に戻った。

「よかったー」
「どんな反応をするのかと思って」
「先輩で遊ばないでくださーい」

彼女と他愛のないやり取りをするこの時間が心地よい。
我が高校は、何かしらの委員会に所属しなければない決まりになっている。正直、委員会などどれに入っても構わないと思っていたところ、半ば強制的に押し付けられるかたちで図書委員にされた。
望んで図書委員になったわけではない。しかし、図書委員である自分の職務は全うするだけと過ごしていたが、今となっては放課後の図書室で彼女と二人だけで過ごすこの時間が楽しみの一つになっているといっても過言ではない。
成る程、図書委員も悪くはないのかもしれない、という自分の単純な思考に呆れてしまった。


2020/06/01

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