まるでヴェネツィア・カーニバルの様だと七海は思った。
広々としたパーティ会場には各々がドレスアップし、顔にはヴェネツィア・カーニバルでつける様な仮面を全員が装着している。
ざっと見たところ百人くらいといったところだろうか。約百人がその様な格好をしているのだから異様な雰囲気を醸し出している。ここにいるのは、呪術師である七海と名前以外は全員が呪咀師だ。
勿論、七海と名前も彼らと同様の格好をしてきている。
七海は黒のスリーピーススーツに顔全体を覆う仮面、名前は黒の背中が大きく開いたロング丈のパーティドレスに目元だけを覆う仮面をつけていた。完全にこの会場にいる呪咀師達に溶け込んでいる。
何故、七海と名前がここにいるのかといえば呪咀師による情報交換も兼ねた呪物のオークションに、とある特級呪物が出品されるという情報を高専が掴んだからだ。
そのオークションには、呪咀師であれば誰でも参加出来るわけではなく招待状を持った男女のペアでなければ会場には入れないらしく、一級呪術師で恋人同士でもある二人であれば問題ないだろうと七海と名前に潜入捜査及び特級呪物落札の任務が与えられた。招待状の入手経路は不明だが、上層部が入手したとだけ聞いている。任務当日に二人に招待状が手渡された。
オークションは、森の中にある大きな洋館で行われる。補助監督が運転する車から降り、洋館に入ると受付で招待状を確認されたが特に怪しまれなかった。上層部が入手したという招待状は、偽造された物ではなく本物らしい。
同時に、受付で仮面を手渡された。このオークションでは仮面をつけなければならないルールになっているのだという。
そういう経緯で無事に、潜入することに成功したところで冒頭に戻る。
七海と名前が通されたパーティ会場は既に沢山の呪咀師達で賑わっており、テーブルには沢山の豪華な料理が並んでいた。バイキング形式で、各自好きなだけ料理を取り楽しんでいる。料理がなくなるとすぐにウェイターが補充をしている様だ。そのウェイターも呪咀師達と同様に仮面をつけていた。
七海と名前が入ったドアから数十メートル離れたところにもう一つドアがある。正面には、オークションで競売される品が運ばれてくるのだろうステージがあった。そこには今はまだ何もなく、ステージの端にマイクスタンドがあるだけだった。
七海が一通り会場の様子を確認したところで、隣にいると思っていた名前が随分と静かなことに気付く。名前は、煌びやかに並ぶ料理を見てじっとしていられる人間ではない。予想どおりに隣に彼女の姿はなく、周囲を眺めて見ても彼女の姿は見当たらなかった。
一体、広いパーティ会場のどのテーブルまで料理を取りに行ったのだろうかと彼女を探すために七海が一歩踏み出そうとした瞬間、少し離れたところから彼女が両手に料理を沢山のせた皿を持って七海の方へ向かって来ているのが目に入った。

「ナナミン見て見て、ここの料理すごいよ!どれも美味しそう」

顔の半分を仮面で覆われているため目元が見えないが、長い付き合いになる七海には名前が満面の笑みを浮かべていることが分かる。

「こっちナナミンのね」

左手に持った皿を差し出される。
皿には、野菜がメインの料理と肉料理、焼きたてのクロワッサンがのっていた。彼女にしてはバランスがいい盛り付け方をしていると思い、七海は受け取りながら彼女が右手に持っている皿へと視線を向けるとそこにはシュークリーム、チョコレートケーキ、シャーベット、果物等のデザートが沢山のせられていた。七海へと寄越した皿の方は彼女なりに気を使ったらしい。
甘いものに目がない彼女がバイキングに行けば、彼女の皿がどうなるのかは既に分かりきってはいたがどうしても七海は聞いてしまう。

「いきなりデザートですか……?」
「え、これは前菜だよ」

その回答も分かっていた。
分かっていてもつい訪ねてしまう。七海は内心呆れながらも、溶けないうちにとシャーベットを嬉しそうに口に含む彼女を見ていると、彼女が幸せそうなら好きなだけ食べればいいと思ってしまう。
つい彼女のペースに巻き込まれてしまいそうになるが、バイキングに来たのではなくここには任務で来たのだ。彼女もいくら甘いものが沢山あるからと言ってそれを忘れているはずはないと思いたいが、一応彼女に念を押しておくことにした。

「名前、念のために言っておきますが、ここに来たのは任務のためですからね」
「…………あっうん、そ、そうだったね」

七海が念を押しておいて正解だった様だ。



会場のライトがいきなり消えると、すぐにステージに明かりが灯った。
ステージ上には、黒いスーツに身を包み仮面をつけた男性がマイクを手に立っている。司会者の様だ。会場にいる呪咀師達へと軽く挨拶をすませると、一呼吸置いてから言葉を続けた。

「それでは、皆様お待ちかねのオークションのお時間です。今からお一人ずつに番号札をお配りしますので、お目当ての品がありましたら番号札をあげてお知らせください」

司会者が言うのと同時に、先程まで料理を運んでいたウェイター達が番号札を配り始めた。
七海はとっくに名前が持ってきた料理を食べ終えていたが、彼女はあれから何回か更にスイーツを追加しに行き今もパンナコッタを美味しそうに食べている。両手が塞がっている彼女の分の番号札も七海が受け取っておいた。

オークションは順調に進んでいっている様だった。
しかし、七海と名前がここに来た目的である特級呪物はまだ出てきていない。
特級呪物、件の木乃伊。室町時代に木乃伊にされたと伝わっているそれは、本当に件だったのか件を造り件にしたのかは不明だが、長い年月の間手にした者に災厄を振り撒き恐れられ特級呪物と呼ばれるまでの存在になったことは確かである。
どういう経緯で、今回このオークションに出品されることになったのかは分からないが、呪咀師の手に渡れば厄介なことになるのは明白だ。
おそらく件の木乃伊を目当てにこの会場に訪れているのは、七海と名前だけではないだろう。
司会者が、次の品の説明を始める。次はいよいよ目的の件の木乃伊が出てくるらしいが、その前に、という司会者の声と同時に七海と名前だけにライトが向けられた。照明が落ちている会場内で、ライトに照らし出される七海と名前に他の呪咀師達の視線が一斉に集まる。

「残念ながら、呪術師が二名紛れ込んでいるようです。皆さん件の木乃伊がお待ちかねとは思いますが、その前にゴミ掃除をお願いいたします」

名前は皿にのっていたチーズケーキの最後の一口を慌てて飲み込むと顔を痙攣らせた。

「えっ冗談でしょ!?」
「残念ながら本当です」
「……ねえ、何でバレてるの?」
「知りません。ですが、まずはここを切り抜けるのが先でしょう」

何故か七海と名前が呪術師だということが筒抜けになっていたのか二人には心当たりがなかった。
だが、以前から高専内に呪咀師と何かしらのコネクションを持っている人物がいるのではないかという噂があった。それが誰なのかは現時点では不明だが、これでそういう人物が存在していることがはっきりとしたことは確かである。
軽く息を吐き出し、七海は仮面へと手を伸ばすと外した。

「名前、背中は任せますよ」
「分かった。任せといて」

名前も仮面を外しながら不適な笑みを浮かべる。つられて七海も自然と口角が上がるのを感じた。
さっきまでデザートに夢中になっていた人物と同じとは思えない。絶望的な状況ではあるが、七海は彼女の腕を信用している。それは名前も同じで、もし彼女が一人だったら散々騒ぎまくっていただろうが七海のことを全面的に信用している彼女は落ち着いていた。
パーティドレスに合わせて履いていたハイヒールを脱ぎ捨て、動きにくいからとロング丈のドレスを脚の付け根辺りまで雑に切り裂く。
名前へ近付こうとした一人の呪咀師へ持っていた皿をフリスビーの様に投げつけたのが合図となり呪咀師達が一斉に二人へと向かってきた。
呪咀師達を相手にしながら、七海は念のためとつけていたイヤホン型の無線で万が一の際に外で待機させていた猪野へと連絡を取ろうとしたが、妨害されている様で聞こえてくるのは雑音ばかりだ。
連絡が取れないのは痛いが、もし外に出て行く呪咀師がいれば猪野なら何とかするだろうと思い七海は目の前の呪咀師達へと集中することにした。



結論から言うと、オークションに件の木乃伊が出品されるという情報はガセだった。
主催者と思わしき人物を捕まえると、驚くほど簡単に全てを話した。
有名な呪物が出品されると情報を流せば、それを目当てに金持ちが沢山集まってくる。目当ての品を手に入れるためならば、金に糸目をつけない者もいるだろう。そんな金持ち達から、出来るだけ金品を巻き上げるのが目的だった。件の木乃伊は、伝承を元に精巧に作った偽物を落札者に渡すつもりだった、と。
高専も偽情報を掴み、主催者の思惑に見事に嵌ったわけである。
会場の後始末等を補助監督に引き継いだところで、名前ががっくりと項垂れた。

「こんなことってある……?何しに来たの私達……。あ、料理は美味しかったけど」

もっと食べておけばよかった、と続けるいつもと変わらない彼女に思わず七海は笑みを漏らしてしまう。
が、ふと彼女が戦闘開始時に破ったドレスから覗く太腿に出来た傷が目に入った。すっぱりと鋭利な刃物で斬れた様な傷からは流血している。傷から流れる血液が脚をつたい床へと落ちていく。

「名前、太腿が……」
「え?わ、ホントだ……いつの間に?」

名前はどうやら気付いていなかったらしい。

「い、今になって痛くなってきた!?いったい!」

自覚をしたら一気に痛みが押し寄せてきたのだろう。眉間に皺を寄せて痛みに耐えようとしているが、瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。
七海は、スラックスのポケットからハンカチを取り出し広げてから適当にな大きさに軽く畳み名前の側へと片足を立てて蹲み込んだ。

「失礼します」

彼女の太腿へそのハンカチを巻き付け止血をする。

「こ、これくらい大丈夫だよ」
「ダメです。少し硬めに結びますよ」

ぎゅっと強めに締めると、名前からくぐもった声が漏れた。
彼女は大丈夫だと口にしているが、本人が思っているよりも傷は深い。
七海は立ち上がると彼女と背中へと腕を回し支え、膝の下に腕を差し入れそのまま持ち上げた。俗に言うお姫様抱っこをされた名前は、驚きの声をあげる。

「ナ、ナナミン!?」
「無理しないでください。あと、裸足じゃ歩けないでしょう」

周囲は、呪咀師達との戦闘で食器や呪咀師が使っていた武器らしき物や割れた仮面の破片等が散らばっている。
ハイヒールを脱ぎ捨ててしまった名前が歩くには危険だろう。表情には出してこそいないが、裸足で戦っていた名前は実のところ足の裏も何かで少し斬ってしまっている。
それでも、大丈夫だと言い張って七海の腕の中から逃げようとする名前に七海は諭す様に彼女の名前を呼ぶ。

「名前」
「……な、なに?」
「危ないので大人しくしていてください」
「……はい」

漸く大人しくなった名前に、更に止めを刺すかの如く七海は続ける。

「ああ、言うのが遅くなりましたが、そのドレスよくお似合いですよ」

さらりと告げられたそれは、名前にとって不意打ちだった。驚いた様な表情をし、すぐに慌てた素振りを見せると小さな声で礼を言い、ずるい、と呟いた後は静かになってしまった。
少しは静かになるだろうと思って言った七海だったが、お姫様抱っこをされている状況で予期せぬ台詞を言われた名前には効果は抜群だった様だ。
七海にお姫様抱っこをされたのも、洋服が似合っていると褒められたのも初めてのことでないのだが、どうしても名前は照れてしまうらしい。
そんな彼女を可愛らしく感じながら、七海は早く高専へ行き彼女の怪我を治療してもらうために洋館の外で待機しているだろう車へと脚を早めた。


2020/05/17

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