今日もいい天気だ。
綺麗な青空がどこまでも広がり、真夏の太陽がじりじりと地面を照らしている。
暑そうだな、と駅の改札近くから眺めていた。
彼女との待ち合わせ時間にはまだ少し早い。久しぶりのデートということもあり、気付いたら早めに家を後にしていた。
といっても、半同棲の様な生活を送っているため、彼女とは顔を合わせない日の方が少ない。では、何故今日は家から一緒ではなかったのかといえば、彼女が待ち合わせ場所でその日初めて会いたいと言ったからである。
そうして昨日は、夕飯を食べた後で帰って行った。
昨日は、家から一緒に出かけるのも待ち合わせ先で落合ってから出かけるのもどちらも大して変わらないというのに彼女が拘る理由が疑問だった。だが、こうして彼女を待っている時間も早く彼女に会いたいと待ち遠しいものに変わっていることを考えると、成る程、確かにたまには悪くない。
もしかしたらこれは、彼女の思惑どおりなのかもしれない。
再び青空へと視線を移そうとしたところで、見慣れた人物が視界へと入った。間違いなく彼女だ。彼女もこちらに気付いたようで小走りで近付いてくる。

「ナナミン早いね。待たせちゃってごめんね」
「いえ、たまたま早くついただけなので気にしなくて大丈夫ですよ」

彼女は、水色のリゾートワンピースに夏らしくカンカン帽を被っている。
真夏の強い日差しのせいなのか普段とは違う彼女の格好のせいなのかは分からないが眩しく感じた。



水族館に行く約束をしたのは丁度桜が散り始めた頃だった気がする。
テレビで水族館の特集をしていたのを見て、行きたがっていた彼女に一緒に行く約束をしたのだった。
しかし、それからお互い休みの日程が合わず忙しかったために延びに延びて今日に至った。
水族館に入ると、真夏の太陽が容赦なく照りつけてきた外とは違いひんやりとしていて涼しい。
受付で貰ったマップを手に、順路どおりに各水槽を見て回っている。一際大きい水槽の部屋へと入ると、ただでさえ青い空間が更に青色に包まれた気がした。
水色のリゾートワンピースに身を包んでいる彼女が、その青さに溶けて消えてしまいそうだなと一瞬過ぎったのと同時に、馬鹿なことを考えていることに呆れて溜息を一つ落とした。
色とりどりの魚が泳いでいる水槽に近付いて行った彼女がいた場所へ視線を移すと、そこにいるものだと思っていた彼女はいなくなっていた。そこには、親子連れが楽しそうに水槽の中の魚を見ているだけだった。
周囲を見回してみるが、休日ということもあり人が多い。小柄な彼女はすっかりと人混みに埋れてしまい、その姿を見つけられない。
きょろきょろと彼女を探していると、背後から手を掴まれた。

「もーナナミン、急にいなくなるからびっくりした」
「それはこっちの台詞です」
「いやいや、こっちでしょ」
「何言ってるんですか、私でしょう」

軽く言い合いをしたところで、キリがないので折れることにした。
すると彼女は手を繋ぎ直して悪戯そうな笑みを浮かべてくる。

「また迷子になったら困るから手繋いでてあげる」

何故か子供扱いをしてくる彼女に反論をしようかと思いかけたが、それでせっかく繋がれた手を振り解かれてるのは得策ではないため言葉を飲み込んだ。
満足そうに手を繋いで歩く彼女を見て、彼女の好きにすればいいと思ってしまう私は今更だがとことん彼女に甘いのだろう。
引き続き順路どおりに進んで行く。
サメが泳いでいる水槽の前に来た時だった。近くにいたカップルの女性の方がサメを見て怖いとわざとらしく言っているのが耳に入ってきた。
隣にいる彼女は、サメを見てわざとらしく怖がるタイプではない。どういう反応をするのだろうと視線を泳いでいるサメから彼女へと移す。

「フカヒレ……」

じっとサメの動きを目で追っていた彼女がぼそりと呟いた。
やはりこちらの予想を裏切っていく彼女の発言に吹き出しそうになるのを咳払いで誤魔化して彼女の名前を呼ぶ。彼女の瞳が私に向けられる。

「一応言っておきますが、フカヒレは乾燥させる必要があるのですぐには食べれませんよ」
「えっ……!?」

明らかにがっかりしている様子が見て取れた。
乾燥させる必要がなくとも、水槽で泳いでいるサメを捕って食べれるはずがない。ここは水族館だ。
そういえば、さっきも熱帯に住む大きな魚が泳いでいる水槽を見ていた時のことを思い出した。

「大きいねー。食べれるのかな……」

その少し前は、鰯の群れが泳いでいるのを見て彼女はこう言っていた。

「見て!美味しそ……じゃなかった泳ぐの早いね!」

慌てて誤魔化していたつもりのようだが、全く誤魔化しきれていないところが彼女らしい。
ここまでの彼女の言動を思い返して、一つの結論に辿り着く。十中八九間違いないだろう。

「名前、もしかして、」

お腹空いてるんですか?と、言い終わる前に彼女の腹の虫が最大に鳴り響いた。
はっとした彼女が腹を抑えるが、抑えたところで腹の虫は止まってくれない。

「い、今のは……!その……」

慌てている彼女に笑みが漏れる。

「何か食べに行きましょうか」
「……うん、行く」



水族館内に併設されているカフェでそれぞれ好きな物を注文して食べた。
私は、既に頼んだサンドウィッチを食べて終えて食後のコーヒーを口にしていたが、彼女は特盛りのパフェを前に目を輝かせていた。
何でも、夏限定の海をイメージした特盛パフェだという。海をイメージしただけあって全体的に青い。メニューには、二三人向けだと記載してあったそれを彼女は一人で食べる。
一緒に食べようと言われたが、甘いものが好きな彼女の楽しみを奪おうとは思わない。それに先に食べたサンドウィッチで既に満たされてしまっている。

「美味しいですか?」
「うん!」

幸せそうに食べる彼女を眺めているだけで、こちらまで幸せな気分になってくる。



順路どおり回り終えた後は、併設されていた水族館のグッズが売っている店で買い物を楽しんだ。
主に菓子類を買い水族館を後にする。賞味期限が長いからとクッキーやチョコレート等を沢山買った袋はずっしりとしている。
私から見れば、同じクッキーやチョコレートにしか見えないのだが、彼女曰くイルカのクッキーとシャチのクッキーは全く違う別物らしい。
今朝、ここに来た時にはじりじりと照らしてきていた太陽は大分傾き、空はオレンジ色へと変わっている。それでも、真夏ということもあり未だ暑さが纏わりついてくる。

「ねえナナミン今日は楽しかったね!」

そんな暑さなど気にもとめていないように、彼女は楽しそうな笑みを浮かべる。

「そうですね」
「また来ようね、水族館!」
「ええ」

駅へと向かいながら、今朝は待ち合わせ場所で落合いたいからと別々に集合したことを思い出した。
帰りもまたそれぞれの家へと帰るのだろうか?
実をいえば、いつも彼女が側にいることに慣れすぎて昨夜一晩彼女がいなかっただけで寂しくなかったといえば嘘になってしまう。

「名前」
「んー?」
「今日はどっちに帰りますか?」
「ナナミンのとこ」

即答だった。

「だって昨日久しぶりに自分の家に帰ったら、一人で落ち着かないていうか寂しいっていうか……」
「……」
「だからナナミンと一緒がいいなーって。ダメだった?」
「まさか。ぜひ来てください」

彼女も自分と同様の気持ちだったことに安堵した。
自然と緩みそうになる表情を堪えて、彼女の手を取り帰路を急ぐ。
夕陽に照らされた二人の影が仲良さそうに並んでいるのが視界に入った。


2020/05/05

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