※学生時代
山桜の翌年の話
約一メートル先を機嫌良さそうに歩いて行く彼女のスカートがひらひらと揺れる。
なるべく見ないようにとは思うが、眼前でひらひらと揺れるそれにどうしても目が向いてしまう。
少し短すぎじゃないですか?
以前、そう彼女に伝えたところスカートの中にスパッツを履いているから大丈夫だと目の前でスカートを捲って見せられたことを思い出した。
わざわざ見せなくていい。同性同士のやり取りならまだしも異性相手にこの人は何をしているんだと思ったが、おそらく彼女は五条さんや夏油さん相手にも同じことをするのだろう。
加えて、異性として見られていないのかもしれないと思ったが、彼女と付き合っていくうちに異性として云々というよりもただ単に彼女がものすごく鈍いということがよく分かった。
だから、なるべく分かりやすいように彼女と接しているつもりなのだが、虚しいことに彼女には全然伝わっておらず私を悩ませる。
「桜を見に行きませんか?」
丁度、桜が見頃になった土曜の正午すぎに、予め用意していたお菓子が入ったバッグを片手に彼女を誘えば返ってきた言葉がこうである。
「行くー!じゃあ、お菓子買ってみんな誘って行こ!」
彼女の言うみんなとは彼女の同期は確実に入っている。
さっそくと、彼女の言うみんなを誘いに一歩踏み出そうとした彼女を引き止める。
「ちょっと待ってください」
「え?」
「……みんなではなく、二人で、という意味です」
「二人で?」
「はい。去年夜桜を見に行ったところに、また一緒に行きませんか?」
「行く!」
嬉しそうに返事をする彼女に安堵した。
そのまますぐに、目的地である去年彼女に誘われるがまま赴いた山の中にある大きな桜の木を目指している。
訪れるのは去年以来だが、そこだけ桜の木のために開けているかのような空間だったことをよく覚えている。
おそらく今年も見事に桜の花を咲かせているだろう。
道中は山道を進んでいくことになるのだが、山道など気にした様子もなく彼女は鼻歌混じりに足取り軽く歩を進めていく。彼女の鼻歌に合わせるかのようにスカートも相変わらずゆらゆらと揺れている。
「随分、機嫌がいいですね」
「うん!」
くるり、とこちらを振り返った。
そのまま進行方向に背を向けて歩き始めた彼女はにこにこと嬉しそうに笑みを浮かべて口を開く。
「ナナミンから誘ってもらったのが嬉しくて」
後ろ向きで歩くと危ないですよ、と言いかけた言葉は彼女の発言のせいで飲み込んでしまった。
同時に思わずを足を止めてしまう。黙ったままの私を不思議に思ったのか彼女も足を止め首を傾げている。
「え、私何か変なこと言った……?」
「……いえ。名前は、」
「うん?」
「そんなに私から誘ったことが嬉しいんですか?」
「うん、嬉しいよ。だから、また誘ってね?」
彼女はずるい。
こちらの気持ちに恐ろしく鈍感なくせに、平然とこうやってこちらの気持ちをかき乱してくる。無自覚でやっているのだから尚更たちが悪い。
気付かれない様に一息吐いて、分かりましたとだけ伝えれば彼女は再び鼻歌混じり歩き出した。
*
去年も来た木々の開けた場所にある大きな桜の木。今年も、綺麗に淡いピンク色の花を咲かせている。
丁度、天気も良く青空と淡いピンク色のコントラストが綺麗だ。
柔らかい風に乗って桜の花びらが舞っているのをなんとなく目で追っていると、彼女に控えめに名前を呼ばれた。
「あーあのね、気になってたんだけど、ナナミンのそのバッグって……」
「ああ、お菓子ですよ。好きでしょう?」
バッグを開いて中身を彼女に見せると、瞬間彼女の瞳が嬉しそうに煌き出す。
「やったー!ありがとう!」
お菓子、特に甘いものが好きな彼女が好みそうなものを用意してきている。
すっかりと彼女の好みを把握してしまっている自分に少しだけ呆れる時もあるが、彼女の嬉しそうな顔を目にする度にどうでもよくなる。
お菓子だ、と喜ぶ彼女に思わず口元が緩んだ。
「やっぱりアナタは今年も花より団子なんですね」
「そ、そんなことはないもん……!」
彼女は否定するが、桜を目にした時の彼女の反応とお菓子を目にした時の彼女の反応は比較するまでもなく、後者の方が瞳を輝かせていた。
「説得力がないです」
「う……」
「ですが、アナタのために買ってきたので遠慮せずにどうぞ」
お菓子の入ったバッグを彼女に差し出せば、一瞬で笑顔になる。
彼女にとっての花見のメインは間違いなく花ではなくお菓子の方になってしまうが、うららかな春の陽気の中彼女と過ごすこの時間を来年もまた一緒に過ごしたいと思った。
2020/04/05