一級呪術師である名前が苦戦する任務ではなかったはずだ。
二級呪術師でも十分であるはずの任務に彼女が赴いたのは、単に人手不足だからである。丁度、別の任務が終え手が空いていたのが彼女であったから彼女が行った。それだけだ。力量不足ではない。
であれば、何故メールに添付されてきた動画の中で彼女は後ろ手に縛られてぐったりとした様子で意識がないのか。
おそらく騙されたのか不意打ちされたのか、前者の方が確率が高いだろうかと七海は予想していたが、動画を再生しているタブレット画面に映った犯人がベラベラと喋った内容によるとそのどちらでもあるようだった。
犯人の顔は知っている人物だった。数ヶ月前に、補助監督の任に新しく着いた人物である。そして、今回彼女と一緒に任務に向かった人物でもあった。
人を信じやすい傾向にある彼女は、タブレット画面に映っている補助監督のことを疑うことはなかったのだろう。彼女のことを容易に騙せたはずだ。
タブレット画面上のその人物は、彼女は薬で眠らせているため当分は意識を取り戻さないこと、動機は数ヶ月前に七海が相手をしたとある呪詛師の報復だと口にした。
高専に補助監督として潜入し、ずっと様子を伺っていたのだ。そこで、七海の恋人が名前であることを知り、恋人が人質に取られれば大人しく指示に従うだろうと算段をつけたようだった。
指定した場所に指定した時間までに、七海一人で来なければ彼女のことを犯すと画面の中の人物は口にした。動画の中で不必要なまでに意識のない彼女にベタベタと触れて見せていたが、
最後に意識がない彼女のスカートをわざわざ切り裂き露わになった太腿へと手を這わせて際どい部分へと手が伸びていく。と、そこで動画はぶつりと切れた。
瞬間、思いっきり舌打ちをした七海に高専宛に送られてきたメールにいち早く気付き、それを七海に見せていた伊地知は舌打ちが自分に向けられたものでないことは分かっているが驚いて肩を揺らしてしまう。

「ふざけやがって」

舌打ちの後に続いた普段よりも数段と低い声に七海が苛ついていることはすぐに分かる。
伊地知が恐る恐る七海へと視線を向ければ、顳かみに青筋が浮かんでいた。
しかし、すぐに自身を落ち着かせるように一息吐いた七海は、いつもの声色に戻っていた。

「伊地知くん、指定された場所まで運転をお願いします」

至っていつもどおりの平静さを装っているかのように見えるが、それは七海のことをよく知らない人物から見ればの話である。
決して長くない付き合いである伊地知には、七海が纏っている空気から相当怒っていることが伝わってきた。



薬で眠らされていた名前が目を覚ましたのは、七海が彼女を救出し高専に連れ帰ってから約一時間後のことだった。
家入は意識を取り戻した彼女のことを診察し、まだ薬の効果が少し残っていること以外は問題ないことを確認すると七海に気を利かせたのか医務室を後にしていった。
ベッドの上でまだ少しぼんやりとしている彼女に、何があったのか説明を求められたため七海はベッドに腰を下ろし一連の出来事について説明をする。
ひと通り七海が話を終えると彼女は申し訳なさそうな表情をして謝ってきた。

「謝らなくていいですよ。名前は悪くないでしょう」
「でも……迷惑かけちゃったし……」
「迷惑をかけられたとは思っていません。……それより、アナタをあんな下衆の手に触れさせてしまったことの方が……申し訳ありません」
「え……ナナミンも謝らなくていいよ。助けてくれたんだもん。助けてくれてありがとう」

笑顔を浮かべる彼女のことを七海はやんわりと引き寄せると腕の中に閉じ込めた。

「……家入さんが、まだ薬が残ってると言っていましたが、どこか具合が悪いところは?」
「ダイジョウブダヨ」

彼女は嘘をつくのが下手である。
七海の腕の中で明後日の方向へと視線を流し、何故かカタコトで返してきた彼女が無理をしていることはきっと相手が誰であってもすぐにバレてしまうだろう。

「また強がってるんでしょう」

また、というのは彼女はいつも強がらなくていいところで無理をして強がって見せることが多いからである。
その度に、七海は無理をしなくていいと諭し彼女も分かったと返事をするのだが、やはりいつもどおり強がってしまうらしい。

「…………」
「名前」
「……ごめんなさい。まだ少しふわふわして身体に力が入らない……」

七海に名前を呼ばれ、彼女は観念したように白状した。

「そうだと思いました。こういう時に無理をして強がるのはアナタの悪い癖ですね」
「う……返す言葉もございません」
「甘えていいんですよ」

彼女の頭をぽんぽんと優しく撫でる。

「……うん。じゃあ、ね、あと五分くらいこのままがいい」

七海に身体を預けるように、彼女は身体から力を抜いた。
控えめに七海の背中へと回された腕は弱々しく、先程彼女が口にしたとおりまだ力が入らないのだろう。

「時間は気にしなくていいですよ。好きなだけどうぞ」

再び七海が彼女の頭を撫でると、眠そうな声でありがとうとだけ返ってくる。それから少しして規則正しい寝息が聞こえてきた。
腕の中で気持ち良さそうに眠る彼女を眺めながら、七海は動画で目の当たりにした以上の危害が彼女に及ぶ前に助け出せたことに改めて安堵した。


2020/03/22

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