季節は、夏の頃だった。
その日は夏にしてはあまり暑くなく、どんよりした曇り空に今にも雨が降り出しそうだった。久々の休みだというのに陰鬱とした天気にがっかりしたのと、雨が降りそうだというのに傘を忘れてきた自分に呆れる。
幸いなことに用事は全て終わっていたので、雨が降り出す前に早く家に帰ろうと急いでいると聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。振り返ると見知った顔がそこにいた。

「傑?」
「やあ」

片手を上げてにこやかに挨拶してくる彼は、旧友であり高専を追放されている存在だ。だから、こんな住宅街の道で久しぶりだねと偶然出会う様な存在ではないのだ。
偶然とはいったが、おそらく偶然ではないだろう。彼は私に何か用があって来たのだろうとそう思った。

「今日は休みかい?」
「うん」

彼が何をして高専を追放されたのかは勿論知っている。追放された後のことは知らない。彼が今どこで何をしているのか何も知らない。
彼のことだから何かしら上手いことやっているのだとは思うけれど、平日の日中帯にふらふらしているということは私と同様に休日なのかもしれない。もしくは、考えられる可能性としてはもう一つある。

「もしかして傑ってニート?」

一瞬、彼が固まった。が、次の瞬間には笑い出していた。

「ははっ、名前のそういうところ変わってなくて安心したよ」
「そうかな?」
「ああ。ところで、今日は名前に話があって来たんだ」

予想どおりだ。
一体、私に何の話があるのか。彼の表情からは読み取れない。

「名前、こちら側に来ないか?」

彼は現在、宗教団体を設立して呪いを集めているという。目的は何かといえば、呪術師だけの世界を作るため。
そのためにまず高専を落とすから手を貸してほしいという。
彼がこの手の冗談を言うタイプではないことは昔からの付き合いで知っている。彼は本気なのだ。
分からないのは何故、私にその話をして勧誘してきたのか。

「何で私にその話をしたの?」
「何故って、君だって猿共には苦労させられてきただろ?」

猿共、彼は呪術師以外の人間のことをそう呼ぶ。

「苦労?私は上手くやってきたつもりだよ。実際、高専関係者に会うまで誰にも私が見えることと私の力はバレてない」

そう、私は中学二年生の夏に高専関係者に出会うまでは呪霊が何なのかも私の力が何なのかも知らなかった。
知らなかったけれど、幼い頃に両親の反応を見て、私以外の誰にもそれが見えていないこと私の様な力は持っていないことは知っていた。
知られたら面倒なことになること生き辛くなることも分かっていた。だから、必死に隠し通して呪術師ではない人間の言う普通を貫き通してきた。
それでも、付き纏ってくる呪霊もいたけれど、人がいない所へ誘い込み始末してきた。私が使えた力は強いものであったことが幸いである。
でなければ、私はとっくに殺されていただろう。

「でも、呪術師だけの世界だったのなら君はもっと自由で生きやすかっただろ?」
「そうだね」

彼の言うとおりだとは思う。
もしも、彼の望む世界だったのなら私はもっと早くに力の使い方を知れていたはずではある。それは確かに見えていない人間に気を使う必要もなく、呪術師には生きやすい世界なのだろう。
しかし、私は彼の誘いに乗るわけにはいかない。彼の誘いに乗ってしまったら、私は今まで高専で築いてきたもの全てを敵に回さなければならなくなる。戦わなければならなくなる。何より傷付けたくない人が私にはいる。

「ごめん、傑。そっちに行ったらナナミンを敵にしなきゃならないからやだ」
「は?」

真顔になった彼を今日初めて見た。

「悟じゃなくて、あいつを敵にしたくないそんな理由で?」
「うん、そうだよ。ごめんね」
「……いや、何となく断られる気はしていた。ダメ元でと思ったんだけどね」
「……」
「それじゃあ帰るよ」
「うん」

ばいばい、またねと手を振れば彼は不思議そうな顔をする。何かおかしなことを言っただろうか。

「そのまま帰すと思ったのかーとか言わないのか?」
「え、何で?」
「何でって……高専側からしたら私は敵だろ?止めなくていいのかい?」
「まあ、そうなるけど、今日私は休みで傑を止めろなんて任務は受けてない。それに、私が今日会ったのは友人の傑だもん」
「ははっ、ほんっとに名前のそういうところ変わらないな」
「傑こそ勧誘が失敗して、今後の目的を知った私を始末しなくていいの?」
「ああ、構わないよ。私も今日会ったのは友人の名前だからね」

それじゃあ、と私の進行方向とは反対側に歩いて行く彼を見送った。
私も家へ帰ろうと歩を進める。今日、彼と会って話をしたことは聞かれれば話すかもしれないけれど、聞かれない限り私は誰にも話さないだろう。
空を見上げれば相変わらずの曇天が広がっていた。雨はまだ降り出していない。


2019/02/11

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