連日の出張続きで、各地を回っている。
日本一周くらいはしたのではないだろうか、と思いかけたがそれは流石に少し大袈裟すぎた。
勿論、自宅へは帰れていない。
彼女とは連絡を取り合っているが、この出張続きで最後に会ったのは大体二週間前になる。
二週間という数字を思い浮かべて、随分と長い二週間だなと溜息が出た。
思えば、学生時代は毎日の様に顔を合わせ、彼女が恋人になってからは顔を合わせない日を数えた方が少ない日々を過ごしている。彼女が傍らにいてくれる日常に慣れ過ぎてしまっている。
会社員だった数年間、よく彼女と会わずに過ごしていたものだとすら今となっては思ってしまう。あの頃は、必死に忘れようとしていたというのもあるのだが。
それは結局のところ上手くはいかず、忘れようとすればするほどに忘れることが難しかった。
例えば、街中で彼女に似た後ろ姿を見かけては彼女のことを思い出し、コンビニ等で新作の菓子が売られているのを見かければ彼女は買ったのだろうかと学生の頃に新作の菓子が出る度に買っていた彼女のことを思い出し、と他にもまだまだ沢山ある。結果、忘れることは無理だということが分かったので諦めた。
そうやって過ごしているうちに、あの日突然と何の前触れもなく終電で帰って来た私の前に昔と変わらず声をかけてきたのが彼女だった。
そこまで思い返して、再び溜息を漏らしてしまう。
出張先のホテルの一室で、テレビを見ながらも気付けば彼女のことを考えてしまっている。自覚はあるが、すっかりと彼女に毒されてしまっている。
会って彼女に触れたい。しかし、それは叶わない。明日もこのホテルの近隣で任務があり、それが終わればまた別の地へと出張になる。自宅へと帰れるのは三日後くらいになるだろうか。
会えずとも声は聞くことは出来る。二十一時過ぎ、この時間なら彼女は起きている。スマートフォンを手に取り、着信履歴から彼女へと電話をかけた。
数秒置いて聞き慣れた彼女が設定している着信音が部屋の外から聞こえてきた。同時に、ドアのすぐ前辺りから聞きたくて仕方がなかった声も聞こえてくる。

「わ……あ、あれ?電話?ちょ、ちょっと待って!?」

まさかとは思ったが、私がその声を聞き間違えるはずがない。
彼女にかけていた電話を切った。同時に、着信音も止まる。間違いない。ドアを隔てた向こう側に彼女がいる。ドアへと歩を進めると、静かにドアを開けた。

「何してるんですか?」

スマートフォンの画面を見ていた彼女の視線が私へと向けられる。

「や、やっほー……」

気まずそうに挨拶してきた。

「えーっと、ごめん……ちょっとやり直していいかな?」

向きを変えどこかに行こうとした彼女の腕をやんわりと掴む。

「やり直さなくていいですから」
「えー……」
「それより、何故ここに?」
「ふふ、それはね……」

彼女は、意図的に一旦間を開けると得意げな表情を向けてきた。

「そろそろ私に会いたくなる頃かと思って!」

予想外な彼女の答えとそれが当たっていたことに呆けに取られてしまう。
私の考えていたことが、ばっちりと彼女に見抜かれてしまっていたということになる。その得意げな表情からも自信があるのだろう。
こういう時に、昔から彼女には敵わないなと思う。昔であれば、このまま彼女のペースに引っ張られていってしまっていたが、私もあの頃のままというわけではない。

「アナタが私に会いたくなったんでしょう」
「う……そ、それもある!でも、ナナミンは……」

声のトーンを落とし、少しだけ心配そうに尋ねてくる。

「……私に会いたくなかった?」
「勿論、会いたかったですよ」

そのまま彼女を部屋に招き入れると腕の中に閉じ込めた。
やんわりと背中に回してきた彼女の腕が愛おしい。

「それで、何故名前もこのホテルにいるんですか?」
「さっきも言ったとおり、そろそろ私に会いたくなった頃かなって思ったから来ちゃった」
「……聞き方が悪かったですね」
「ねえナナミン、なんか事情聴取されてるみたい」

抱き着いたまま見上げてくる彼女がいつも以上に可愛く見えたのは離れていた時間のせいだろうか。

「そのつもりですが」
「えっ!?」
「冗談です。で、何故話していないホテルの場所を知っていてここに来れたんですか?」
「やっぱり事情聴取だ……」

ぽつりぽつりと話し出した彼女の話を整理すると、こういうことらしい。
前日の私との電話で私が今日静岡に一泊することは知っていた。今日の任務が早く終わったのと、急遽明日が休みになったので静岡に行こうと思った。
行くのなら、サプライズしようと思ったが静岡のどこに私がいるのかは知らなかったため、伊地知くんに無理矢理頼み込んで調べてもらった。
ホテルの部屋は私の部屋の隣を取ろうとしたが、空いていなかったので、三階上の部屋を予約して、キャリーバッグに荷物を詰めて急遽来たのだそうだ。
最後に、サプライズは失敗してしまったとがっかりしていたがそんなことはない。出張先のホテルで彼女に会えるとは思っていなかったので、十分に驚いている。そのことを彼女に伝えれば嬉しそうに笑みを浮かべていた。


2020/03/22

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