※学生時代


バスの一番後ろの席に彼女と並んで座っている。
任務帰りにわざわざバスで高専に戻る必要はないのだが、気分転換にバスで帰ろうと言い出した彼女に半ば強引に押し切られ現在に至っている。
途中まで、他の座席にちらほらと座っていた客は次々と下車していった。乗車してくる客もいなかっため、現在このバスに乗っているのは運転手を除けば私と彼女だけになってしまっている。
高専近くのバス停まではまだまだかかりそうだ。電車で戻っていれば、おそらく今頃は高専の門を潜った辺りだっただろう。
それを分かっていながら、彼女に押し切られる形で付き合っているのは他でもない彼女だからだ。どうしても彼女には甘くなってしまう。
そういえば、つい先程まで喋っていた彼女が妙に大人しいと思い、視線を向ければこっくりこっくりと船を漕いでいた。
どうりで大人しくなったはずだと納得しかけたところで、がたん、とバスが大きく揺れた。道路に凹凸があったのだろう。
ふいに肩に感じた重みとふわりと鼻腔を擽ってくる甘い香りは同時だった。
重みを感じる方へ視線を向けるまでもない。何が起こっているのかは十二分に分かっている。
一度、深呼吸をして心を落ち着かせた。

「名前」

彼女の名前を呼んでみるが返事はない。
代わりに時折すうすうと気持ち良さそうな寝息が聞こえてくる。
加えて、こちらにもたれかかっている彼女から伝わってくる体温がせっかく深呼吸をして落ち着いた心を騒つかせてくる。

「名前」

再び名前を呼んでみたが聞こえてくるのは、やはり気持ち良さそうな寝息だけだった。
無防備すぎるその姿に、もし、今彼女の隣にいたのが私ではなく五条さんや夏油さんだったとしても彼女は同じ様に無防備に眠ってしまったのだろうか。と、思わず浮かんだ疑問に、自然と眉間の皺が深くなるのを感じた。

「名前」

三度目。名前を呼んでみるも先と同様に反応はない。
軽く息を吐いて、囁く様に言葉を漏らした。

「……聞こえていないと思いますが、そうやって無防備な寝顔を晒すのは私の前だけにしてください」

この感情を独占欲というのだろう。
自分はそれ程独占欲が強い人間ではないと思っていたが、どうやら相手が彼女の場合はそうではないらしい。
彼女のことを独り占めしたいと、出来るわけがないのにそういう感情が私の中には間違いなく生まれてしまっている。

「……うーん」

彼女がふいに漏らした声に驚いた。
ぐっすりと眠っている彼女には聞こえていないとだろうと、呟いた言葉が実は聞かれていたのだろうかと思いひやりとする。

「アイスクリーム……」

寝言らしい。
それだけ言って再びすやすやと眠りへと落ちていった。
おそらく食べ物の夢を見ているのだろう。甘いものが好きな彼女らしい。
さて、彼女はいつ目を覚ますだろうか。気持ち良さそうに眠る彼女を起こすのは可哀想なので起こす気はない。いや、それも勿論あるがこの状態を出来るだけ長く維持したいという下心がないと言えば嘘になる。
今だけは隣で眠る彼女を独占したいと、そう思った。


2020/02/09


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