「ここ、前にも通りましたね」

少しだけ遠出をして、買い物をした帰り道に彼が漏らした言葉に辺りを見回してみる。
周囲に見えるのは住宅街と数メートル離れたところにコンビニくらいだった。
どこにでもありそうな風景である。
思い返してみるが、これといって特に特徴的なものも見当たらないため記憶に残っていない。以前も彼と通ったことがあるならば覚えていそうなものではあるのだが、私には見覚えのない場所だった。

「学生の頃に任務の帰りでしたね……名前はあそこのコンビニで買ったアイスを食べてましたよ。覚えてませんか?」

学生の頃の任務帰りに、アイスを買って食べたことはおそらく沢山ある。今でも任務帰りにアイスを食べたい時は買って食べることはある。
どのアイスのことだろうか?と思い出そうとしてみるが、食べたアイスの種類を全部覚えているはずもない。

「う、うん……覚えてない」

口に出してみてなんだか不安になった。
覚えているつもりでも、昔の記憶に次々と新しい記憶が上書きされて忘れていってしまうことは仕方のないことだと思う。経験した全ての出来事を完璧に覚えていられる人間はいたとしてもおそらく極少数だろう。
仕方のないことだとは分かっていても、彼と過ごした記憶を忘れていってしまうのは寂しく感じた。

「やだなあ……覚えてるつもりだったのに……。ナナミンと過ごしてきたこともどんどん忘れてっちゃうのかな……」

忘れたくない。
私は欲張りだから、彼と出会ってから今日までの記憶とこれからも一緒に過ごしていく記憶を全部覚えておきたい。
けれど、それはどうにも無理だということも分かっている。分かっているが、嫌なのだ。

「名前」

優しい声色で彼が私の名前を呼ぶ。

「全部を忘れてしまうわけではないでしょう」
「そうだけど……」

少し考える素振りをして彼は口を開いた。

「……では、こういうのはどうですか?」
「?」
「アナタが忘れてしまう分は私がちゃんと覚えているので、私が忘れてしまう分はアナタが覚えていてくれませんか?」

それならお互いに補えるでしょう、と続ける彼に私は首を縦に振る。
私には思いつかなかった方法を思いついてしまう彼はやはりすごいと思う。何より、私の忘れたくないという不安を取り除くために、考えて提案してくれたことが嬉しかった。

「本当に名前は分かりやすいですね」

嬉しくて無意識のうちに笑みを浮かべてしまっていた私を見て、彼は柔らかく微笑んだ。

「えへへ」

堪えようとしても自然に笑みが溢れ出てしまう。
住宅街に囲まれたどこにでもある道が、他とは違って色づいて見える。今この瞬間がたまらなく幸せだ。
この先、忘れてしまう出来事があっても、今日のこのやり取りを私は絶対に忘れないだろうと思った。


2020/01/26

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