医務室のベッドで眠る彼女の側にいることしか出来ない。
時折眉を潜め唸り声が漏れてくる。魘されているのだ。
彼女は今、夢の中で呪霊と戦っている。
その呪霊は呆気なく祓われたかの様に思えた。だが、祓った本人である彼女は呪霊を祓ったと同時にその場に倒れてしまった。慌てて駆け寄ってみれば彼女は深く眠り込んでいた。呼びかけてみても全く起きる気配がなく、高専の医務室に彼女を運び家入さんに診てもらえば祓った後で発動する呪いがある、と。彼女が祓ったのはまさにそれだったのだ。
その呪いも様々だが、彼女の場合は悪夢を見せられるものだった。その悪夢の中で、呪霊と戦い祓わなければ目が覚めることはないそうだ。もし悪夢の中で呪霊を祓うことが出来なかった場合、彼女はもう二度と目を覚ますことはない。

「まあ、名前の場合、時間はかかっても目を覚まさないはずがないだろ」
「……」
「側にいてやれ、その方が名前には効果的だ」

そう言って、家入さんは医務室から出て行った。
ベッドの上の彼女は相変わらず唸っている。こんな風に苦しそうに眠っている彼女を見るのは初めてだ。出来ることなら変わってあげたい。何も出来ずただ側にいることしか出来ないのがもどかしい。
魘されている彼女の手を握る。

「名前」

名前を呼んで彼女が答えるわけがないことは分かっている。それでも呼ばずにはいられなかった。
家入さんは、彼女なら時間がかかっても目を覚ますだろうと言っていたが、もしもという可能性は拭いきれない。彼女を信じていないわけではない。私も彼女ならば必ず目を覚ますだろうと信じている。
それでも、目の前で酷く魘されている彼女を見ているとどうしても、もしもという可能性が過ってしまうのだ。

「名前」

再び彼女の名前を呼ぶ。

「早く起きてください……名前」

握っていた彼女の手が弱々しく握り返してきた。
名前に反応したのだろうかと思い、再び彼女の名前を口にするが特に反応はなかった。
何なら彼女は反応を示すのだろうか、と考えたところで彼女が好きなお菓子であれば何か反応があるかもしれないと思いついた。もしかしたらそれに釣られて目を覚ますかもしれない。

「名前聞こえますか?アナタの大好きなケーキ屋さんのケーキをホールで買ってあげますよ」

彼女は、また弱々しく手を握ってきた。
それから何度かそういうやり取りを繰り返していると彼女は眉間に皺を寄せながら目を覚ました。

「……ううーん、ケーキ……」
「名前?」
「……ナナミン?あれ?ホールケーキは?」

起き上がると辺りをきょろきょろと見渡し始める。

「医務室……ホールケーキがない……?」

解せないという表情をしている彼女に堪えていた笑いが溢れてしまう。
口を手で覆いくつくつと笑い声を漏らす私に彼女はますます不思議そうな表情を向けてくる。

「えっナナミン何で笑ってるの?」
「……すみません、はあ……本当に名前らしいですね」
「え?」
「何はともあれ、目が覚めてよかった……」

あまりにも彼女らしい目の覚まし方に一気に気が抜けてしまう。無事に目を覚ました彼女にさっきまでの不安は綺麗になくなってしまっていた。入れ違いに安堵感が押し寄せてくる。

「本当によかった……」

息を吐き出す様に呟いて、相変わらず不思議そうな表情を浮かべている彼女を腕の中に閉じ込めた。


2019/12/31

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