※学生時代


彼女に初めて会った時のことはよく覚えている。
何故か片手に三段アイスを持って現れた彼女は、地面の凹みに躓いて転びそうになった。それをなんとか耐えたのだが、手に持っていた三段アイスがどうなったのかは言うまでもない。

「私のアイスが!?」

地面には無残に落ちてしまった三段アイスの成れの果て、彼女の手にはコーンだけが残っている。がっくりと肩を落とす彼女に、側にいた五条さんは爆笑していた。

「絶対落とすからコーンじゃなくてカップにしろって言ったでしょ」
「えーカップだとコーンと違ってカップまで食べれないじゃん!なんか損した気分になる」
「それもそうか」
「そうだよー、コーンまで食べて三段アイスは完成するのだよ悟くん」
「成る程」

グダグダである。
初対面の人物に目の前でこの一連の流れを見せられたら、強烈すぎて嫌でも記憶に残る。そう、変な人だとくっきりと記憶に残った。
その変な人と長い付き合いになるとはこの時は全く思っていなかった。

**

中身のない無駄な話をするのはあまり好きではない。それは、まあ、相手によるのだが。
第一印象が変な人と記憶した彼女ともその後関わることが多々あり、変な人だというのは変わらないが見ていて飽きない人だと思うようになった。
彼女からよく話しかけられることが多いため、自然と会話をする頻度も増えた。その会話の内容は、大方最初に言った中身のない無駄な話といえるだろう。だが、いつからだろうか彼女とそんな会話をするのは嫌ではなくなっていた。
今日も、同じ任務を終えて高専までの帰り道を歩いている。お腹が空いたとさっきコンビニで買った肉まんを食べながら彼女は思いついたように、こちらが思いつかない会話を振ってくる。

「ねえ、ナナミンのご先祖様って海賊?」
「は?」

予想外の質問に真顔になった。

「だって、ほらよく言うじゃない?七つの海をまたにかけた海賊がなんたらとか。七海だから関係あるのかと思った」
「……」
「え、違うの?海賊がご先祖様じゃないの?」
「馬鹿なんですか?」
「酷い!」

そんな理由で、先祖が海賊な人がこの世界にどれくらいいるのか。彼女の言う謎理論だと、全国の七海姓の人はみんな先祖が海賊になるが、そんなバカな話があるはずがないだろう。
思わず溜息が漏れる。溜息を吐くと幸せが逃げるんだよと彼女は呑気に言うが、誰のせいで溜息を吐いたと思っているのだろうか。
ここで、横断歩道に差しかかる。タイミングが悪く信号機の色が青から赤に変わったところだった。彼女はそれに気付かずに一歩踏み出そうとする。おそらく手元の肉まんしか見ていない。
彼女は、周囲をあまり見ないで歩くことが多い。危なっかしくて何度ヒヤヒヤさせられたことか。
慌てて彼女の肩を掴んで、声をかけた。

「名字さん赤信号ですよ」

彼女の足が止まる。

「あ、ホントだ」
「ちゃんと前見て歩いてください」
「はーい」

確かここの信号機の色は、赤から青に変わるまで長かったはずだ。目の前の車道を何台も車が通り過ぎていく。
それを眺めながら、うーんと何やら考えている素振りを見せていた彼女は口を開いた。

「ねえ、ナナミン私のこともっかい呼んでみて」
「何故?」
「いいから、はーやーくー!」
「名字さん」
「名字じゃなくて名前は?」
「名前さん」
「それ!さん付け禁止ね」
「何でですか?」
「悟も傑も硝子もみんな呼び捨てで呼ぶじゃん」
「それは同学年だからじゃないですか」
「そんなの気にしなくていいよ。名前を呼び捨てで呼んでくれないと私返事しないから」
「嫌ですって言ったら?」
「えっ、やーだー!呼び捨てで呼んでくれなきゃやだー!」
「子供ですか……」
「ナナミンより年上だもん」
「知ってますよ」
「あ、青になった」

そう言って、横断歩道を渡り始めた彼女の後を追った。

**

「これ名前に渡しといてくれる?」

唐突に五条さんに袋を手渡された。
英文字が印刷されている袋はどこかの店のものらしかった。

「自分で渡せばいいじゃないですか」
「そうしたいんだけど、これからすぐ出かけなきゃいけなくてさ。土産だって言えば分かるから」

頼むよ、と半ば無理やり押し付けられたそれを手にし彼女を探す。
おそらく彼女は、校舎裏にある大きい杉の木の下にいるだろう。いつのまにか彼女の行動パターンを把握している自分に気付いて苦笑してしまった。
校舎裏にある大きい杉の木の所へ行くとやはり彼女はそこにいた。杉の木に寄りかかり本を読んでいる。本といっても彼女が好むのは漫画である。大方、今週発売した週刊誌でも読んでいるのだろう。

「名字さん」

彼女に近付き声をかけると、本からこちらに視線を一瞬向けたがすぐに本へと戻る。明らかにこちらに気付いているのに無視された。
そういえばこの前、名前を呼び捨てにしないと返事をしないと言っていたのを思い出した。本当に仕方のない人だ。

「名前」
「……」

反応がない。
この距離で聞こえないはずはないのだが、再度彼女の名前を口にした。

「名前」
「ナ、ナナミンが名前で呼んでくれた!ちゃんと呼び捨てで呼んでくれた!やったー!」
「そんなに嬉しいんですか?」
「うん、嬉しい!」

名前を呼ぶ、それだけのことでこんなに喜ぶとは思わなかったので驚いた。
あまりに嬉しそうに喜ぶ彼女を目にし、自然と口元が緩むのを感じた。
これがきっかけで、彼女のことを名前と呼ぶようになった。そして、この辺りから彼女を意識し始めた瞬間でもあったのだが、おそらく彼女は気付いていないだろう。
ちなみに、五条さんに彼女に渡すよう頼まれた袋には彼女が好きなチョコレートが大量に入っていた。彼女はそこからチョコレートを数個掴むとこちらに渡してきた。礼を言い、包装紙から取り出したチョコレートを口に含むと程よい甘味が広がった。


2019/01/27

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