※学生時代


思わず耳を疑った。
聞き返すと夏油さんはしまったという表情をする。私もそのことについて知っているものだと思っていたらしい。
任務の帰りに、高専までの道を歩いていた。隣を歩いているのは、一緒の任務だった夏油さんだ。
他愛のない話をしながら歩いていたのだが、どういう流れでそうなったのか彼女の話題へとなった。

「私と名前は術式の相性があまりよくないからたまにしか一緒の任務にならないんだ」
「そんなに術式の相性悪いですか?」
「ああ、名前の術式のデメリットの部分に関わってくる……」
「デメリット……?」

といったところで冒頭に戻る。
夏油さんは額を手で押さえながら、ミスったと声を漏らしている。

「悪いがあとは本人に聞いてくれ」

その後、夏油さんは彼女の話題に一切触れなかった。
何故ですか?と聞いたところで返ってくるのは、彼女本人に聞いてくれという回答だけだった。
彼女と一緒の任務は今までにも何度かあったが、そこで彼女の口からデメリットのことを聞いたことはなかった。勿論、彼女と一緒にいて明らかにデメリットだとこちらが認識出来る様なことはなかった。
ということは、こちらが認識出来ないことがデメリットになるのだろう。あれこれ想像することは出来るが、夏油さんの様子と彼女が今までデメリットのことを一切口にしていないことから妙に嫌な予感がした。
こういう時の嫌な予感はよく当たる。それに、彼女は一見甘え上手かと思いきや甘えていいところでこちらに心配をかけない様にと無理をするきらいがある。



夏油さんから彼女の術式のデメリットを聞いてから、彼女が出張続きであったりと顔を合わせることがなかった。
メールや電話で確認をすることも出来たが、直接彼女と話をしたかったこともありそれは選択肢から消えた。
その間も妙に嫌な予感は私の中に居残り続けてしまっている。加えて、夏油さんが知っていて自分は知らなかったということに苛々してしまう。
彼女と夏油さんは同期なのだから仲が良いことも、その延長線上で夏油さんが知っていたのだろうということも予想はつく。
けれども、自分は彼女の一つ年下の後輩の中では仲が良い方ではないのだろうか。そう思っているのは私だけなのだろうかと、彼女と話せないこともあるためか自分の中でそういった考えがぐるぐると繰り返され、どうにも苛々とした気持ちが募っていってしまう。
だから、ようやく彼女と二人で話す機会が出来た寮の共有スペースで彼女を責める様な口調になってしまった。
向かい側のソファーに座る彼女は、少し驚いた表情を浮かべた後に謝罪してきた。
違うのだ。私は彼女に謝罪させたかったわけではない。これは私の八つ当たりだ。

「何で黙ってたんですか?」
「えっと……黙ってたっていうか誰にも教える気はなかったというか……」

八つ当たりだという自覚はあるのだが、それを上手く抑えることが出来ない。
どうしても問い詰める様な形になってしまう。

「では、何故夏油さんは知ってたんですか?」
「それは……悟に見抜かれたから。その時に、傑と硝子も一緒にいたからあの二人も知ってる」

夏油さんだけが知っていたわけではないこと、彼女のデメリットが知られた経緯を聞いて苛々していた気持ちが少しすっと引いていくのを感じた。
彼女が特別に夏油さんにだけ教えていたわけではないことが知れて、こんなにも安心してしまうとは我ながらどれだけ彼女のことが気になっているのだろうかと呆れてしまう。

「それで、そのデメリットとは具体的に何なんですか?」
「え……」

開こうとした口を閉じては開いてを繰り返し、言葉にするのを躊躇う彼女を見て嫌な予感がしていたのが現実味を帯びてくる。

「……………………寿命」

長い沈黙の後ぼそりと漏らす様に口にした彼女の言葉に、声が出なかった。
予想はしていた。外れればいいと思っていた。だが、外れてはくれなかった。やはりこういう時の嫌な予感はよく当たる。

「……黙っていたのは心配かけないためですか?」

予想をしていたからといって驚かなかったというわけではない。
驚きというより衝撃といった方がいいだろう。
発した声は自分でも驚くほどに震えていた。

「……うん」

誰にもデメリットの寿命のことを言わず、全部一人で抱え込んで過ごしてきた彼女のことを考えるとかける言葉が見つからない。
今までそんな素振りを一切見せず、いつも楽しそうに笑顔を浮かべていた彼女の抱えていたものの重さに頭を抱えたくなる。
一人で抱えるには随分と重い。彼女はもう少し周りに甘えていい。この人は、やはり甘えていいところで甘えるのが下手クソなのだ。

「あっでもね、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」

無言のままの私を安心させるかの様に彼女は言葉を続ける。
彼女に寄生しているモノに術式を使わず普通に過ごしていても少しずつ寿命を取られてしまっていること。けれど、術式を使って強い呪霊を祓うか弱い呪霊でも数多く祓えばいくらか寿命が回復すること。一通り説明をすると、彼女はいつもと変わらない笑顔を浮かべた。

「だから、ね?大丈夫だよ」
「……だったら、尚更周囲に頼ったっていいでしょう。私では頼りありませんか?」
「そ、そんなことないよ!」
「じゃあもっと頼って甘えたらいい。アナタは何故、甘えていいところで抱え込むんですか……」
「えっと……そんなつもりじゃ……」
「心配かけたくないんだったら、もっと甘えてください」
「……う、うん、分かった。でも、そんなに心配しなくても明日すぐに寿命がなくなるわけじゃないから大丈夫だよ。ね?」

こちらに心配をかけたくないのだろうということは分かった。
しかし、心配するなという方が無理な話である。彼女が他の誰にも心配をさせない様にしたとしても、私には心配させてほしいと思ってしまうのだ。

「何言ってるんですか……心配するに決まってるでしょう。アナタは大切な人なんですから……!」

勢いで口から出た言葉にはっとするが、その時には既に遅かった。
大きな目を驚いた様にきょとんとしてこちらを見ている彼女から思わず目を逸らした。
ここまで言っても鈍い彼女は私の気持ちに気付くことはないと分かっているが、彼女を直視出来ない。床へと視線を落としていると、彼女の雰囲気がふいに柔らかくなったのを感じた。

「えへへ、ありがとう」
「……」
「私もナナミンのこと大切だよ」

違う。彼女と私ではまるで意味が違う。
きっと彼女は、五条さんにも夏油さんにも家入さんにも何の迷いもなく大切だと口にするだろう。
私のそれは違う。私は彼女に思い焦がれている。自分でも驚くほどに彼女のことが、愛しくて大切な存在になってしまっている。

「……ねえナナミン」

少しの沈黙の後、彼女は静かに私の名前を呼んだ。

「さっきの頼って甘えていいって言ってくれたの嬉しかったよ」
「……」
「これからはその言葉に甘えちゃおうかな」
「ええ、ぜひそうしてください」

ありがとう、と緩んだ笑みを浮かべる彼女を見て、やはりこの人のことが愛おしいと思った。


2019/12/16

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