トイレから戻ったら彼の隣に知らない女の人がいた。
すらりとした長身の綺麗な女の人だ。身長が高い分、彼の隣に立った時に顔の距離が私が彼の隣に並んだ時よりも近い。
背の高い彼の隣に並んだ時にバランスよく見えるのはきっと今彼の隣にいるあの女の人くらいの身長なのだろうなと思った。
それに、妙に親しげだ。高専関係者以外と親しげに話す彼を見たのは初めてかもしれない。知り合いなのだとは思うが、その知り合いにも様々な関係性が考えられる。それを一つ一つ考えていくと気が滅入りそうになるので考えることを放棄した。既に心がざわついてしまっている。
普段ならこの様な場面に出くわしても、割って入っていくことに戸惑ったりはしないのだが、なんだか今回は声をかけることに躊躇してしまう。そっと、気付かれない様に足早にその場を離れた。
お互い休みだったこともあり、ショッピングモールに買い物に来ていた。色々なお店を見て回り、ランチをした後にトイレに行ったところで冒頭に戻る。
逃げる様に彼と女の人がいた方向とは逆方向へ来てしまったが、このままだと彼をずっとあの場で待たせてしまうことになってしまう。彼に私が今いる場所を連絡しようとバッグの中からスマートフォンを取り出そうとしたところで背後から名前を呼ばれた。

「名前」

足を止め振り返るとそこには彼がいた。
大した距離ではないし、仕事が仕事なだけにこのくらいの距離で息を切らすことはお互いにないのだが、彼からは慌てて追いかけて来てくれた様な雰囲気が伝わってくる。

「ナナミン?」
「どこに行くんですか?」
「えーっと……どこだろ?」

困った様な笑みを浮かべると、彼は少しだけ驚いた表情をした後に申し訳なさそうに謝ってきた。

「すみません名前……」
「ナナミンは悪くないよ。勝手にいなくなってごめんね」
「……ひとまず場所を変えましょうか」

彼は私の手を取って歩き出した。
彼の大きな手に私の手はすっぽりと包まれてしまっている。それだけで、さっきまでざわついていた心が少し落ち着きを取り戻してきた。
ショッピングモールの通路を手を繋いで歩く私達は、周囲から見たら恋人同士に見えているだろう。実際そうなのだが、彼と並んだ時のバランスの良さは先程のすらりとした長身の女の人なのだろうなと思って勝手にショックを受けた。私では十センチヒールを履いてもあの女の人の様な長身にはなれない。

「ねえ、ナナミン聞いてもいい?」
「どうぞ」

何について質問をするのかわざと言わなかったのに、どうぞと言ってくれる彼はやっぱり優しい。

「さっきの……女の人って元カノ?」
「は?」

予想外な質問だったのか彼は驚いた様な呆れた様な表情を向けてくる。

「え?違うの?」
「違います。会社員だった頃の知り合いですよ」
「ふうん、そうなんだ」
「……何故そう思ったんですか?」
「だって仲よさそうだったんだもん」
「別に普通でしょう」
「そうかな……?あの人綺麗だったし、ナナミンと並んだ時のバランスよかったし、ナナミンのこと気になってなかったらわざわざ声かけてこないじゃん……」

彼を困らせている自覚も嫉妬している自覚もある。口に出した後で言わなければよかったと後悔した。
彼の顔を見る勇気も次に彼が発する言葉を聞く勇気もない。逃げたくなって繋いでいる手を振り解こうとしたが、彼は離してくれなかった。

「もし、名前の言うとおりだったとしても私はあの人に興味はありません」
「……」
「並んだ時のバランスなんて考えたことありませんよ。私が昔から隣にいてほしいと思うのはアナタだけです」

繋いでいる手にぎゅっと力が込められた。
彼が嘘を言っていないことは分かっている。彼は私に嘘をつかないことも知っている。
私のつまらない嫉妬を受け止めて私の不安がなくなる様な言葉をくれる。その効果は絶大ですっかりと安心してしまっている私がいた。

「それにしても、名前が妬くのは珍しいですね」
「わ、私だってやきもちの一つや二つや三つくらい妬く時もあるよ……」
「三つ……」
「じゃあもっといっぱい」
「多ければいいものじゃないでしょう」
「悪い?」
「いえ、」

そこで一旦言葉を切った彼に視線を向ける。
特に変わったところはない様に見える。おそらくすれ違って行く人達には絶対に分からないだろう。
しかし、彼と付き合いの長い私にはちょっとした変化が分かってしまう。

「ねえナナミン何でちょっと嬉しそうなの?」
「そう見えますか?」
「うん」
「……そうですね、大分アナタに好かれているのだなあと思いまして」
「そ、そそそうですけど!知らなかったの!?」

クスクスと静かに笑われた。

「知ってますよ。それが嬉しいんです」
「ず、ずるい……」
「名前も大概ずるいですよ」
「そんなことないもん」

ふいっと顔を逸らす。
目に入ってきたお店には見覚えがあった。どうやら話しながら歩いているうちに、このフロアを一周して戻ってきてしまったらしい。

「名前」
「何?」
「今度は知り合いに会わないように遠出しましょうか」

ほら、やっぱり彼は優しい。
私に向けてくれる彼の優しさを今この瞬間、独占出来て素直に嬉しいと感じる。気付けば心のざわつきはすっかりなくなってしまっていた。

「うん」

返事と同時に繋いでいる彼の手を握り直した。


2019/11/15


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