彼女と恋人と呼ばれる関係になってから少し経つ。
私の家に遊びに来ていた彼女に、終電の時間が近いことを告げると慌てて玄関へと向かって行った。
いくら彼女が日々、呪霊相手または呪詛師相手に戦う呪術師だとはいえ終電間近の時間帯に一人で帰らせるわけにはいかない。駅まで送るためにその後を追いかける。
彼女に終電間近なことを伝えたのは私自身であるし、駅まで送るつもりでもいたが彼女の後ろ姿を眺めながら、ここで彼女を素直に帰らせてしまうのは惜しい気がしてきた。
このまま彼女を帰さないで夜を共にしたいという気持ちがないといったら嘘になるだろう。
靴を履こうとしている彼女の名前を呼ぶ。彼女はその動きを止め振り返った。

「なーに?」
「今日は帰したくないと言ったらどうしますか?」

大きな目をぱちくりとさせ見つめ返してくる。

「えっそれって……」
「……」
「泊まっていいの!?やったー!」

嬉しそうに喜び出した彼女は可愛らしいが、完全にこちらが意図している意味は通じていないだろう。
この人は昔からこうだ。頭を抱えたくなるほどに鈍い。鈍すぎるのだ。
告白した時の様に、はっきりと伝えなければ彼女には伝わらないだろう。伝えることは簡単だが、彼女のことだ慌ててやっぱり帰るなどと言ってするりと逃げてしまいそうだ。
こういう時の行動はいつにも増して素早い。

「あっナナミン、またパジャマ貸してねー」

楽しそうにリビングへと戻って行く。
彼女にこちらの意図を黙っていることに少しばかりの後ろめたさはあるが、ここで彼女を逃す気は全くない。後で彼女に怒られる可能性があることについては覚悟しておこうと思った。



「私、リビングのソファーで寝るね」

何を思ったのか寝る直前になってそう言い出した彼女に眉をひそめる。

「何故?」

彼女の予想外な言動には慣れているつもりだが、ベッドに座って話していたこの流れでのその発言は流石に予想が出来なかった。

「だってナナミン残業多くて疲れてるだろうし、ちゃんとベッドでゆっくり寝た方がいいと思って。私寝相悪いから蹴っちゃうかもしれないし……」

成る程、気持ちは有り難い。
彼女なりに気を使ってくれたことは嬉しいが、タイミングも悪すぎるし気を使うポイントがずれている。
こちらの意図など全く伝わっていないことが改めて分かり思わず溜息が漏れそうになったが我慢した。

「じゃあ、おやすみー」

ベッドから離れようとする彼女の手を掴む。

「ナナミン?」
「……」
「えーっと、どうしたの?」

不思議そうに首を傾げている彼女は本当に分かっていない。
掴んでいる彼女の腕を引き寄せる。驚いた声をあげてこちらに倒れ込んでくる彼女を受け止めるとそのまま組み敷いた。

「名前」
「は、はい」
「アナタは本当に鈍すぎる」
「よ、よく言われる……」
「帰したくないと言ったのはこういう意味です」

彼女の唇に自分のそれを軽く重ね合わせる。

「まさかこの状況で意味が分からないなんてことはありませんよね?」
「…………」
「名前?」
「待って待ってナナミン!えっ!?ちょっと待って!」

混乱しているのだろう顔を赤くして慌て始めた
ところを見ると、鈍い彼女でもようやく意味を理解した様だ。
そんな彼女の頭を優しく撫でる。ふわりと香ってきたシャンプーの甘い匂いに少しどきりとした。

「名前」
「な、何?」
「嫌、ですか?」
「えっ…………い、嫌じゃないよ。けど、ちょっと待って……」

自分で確認しておいてあれだが、もしも彼女に嫌だと言われたらと全く心配していなかったというわけではない。その時は、素直に謝ろうと思っていた。嫌がる彼女に強要する気はない。何より傷つけたくはない。
だから、嫌ではないと彼女の口から聞くことが出来て安堵した。
落ち着かない様子で、きょろきょろと視線を彷徨わせている彼女の名前を呼ぶ。

「名前」
「は、はい」
「それで、あとどのくらい待てばいいですか?」
「えっ……あー……わ、分かんない。けど、ちょっと待って!」

さっきは我慢した溜息を今度は漏らしてしまった。
彼女が待ってほしいと言うのなら大人しく待とう。しかし、どのくらい待てばいいのか本人も分からないと言うのだからこちらとしても困ってしまう。
まだかまだかと彼女を焦らせるつもりはないのだが、このまま彼女の言うがままに待っていたら何も進まないだろう。ここは強引にいくくらいでないとダメだろうなということは今までの彼女との付き合いで分かっている。

「名前」
「……待って、もうちょっと」
「ダメです」
「えっ!?」

きょろきょろと彷徨っていた視線が私に向けられ、彼女の目が大きく見開く。

「もう待ってあげられません」

何かを言おうとした彼女の口を自分のそれで塞いだ。
驚いた彼女の瞳が揺れる。私の肩を軽く叩いてくるが、大人しく引き下がるつもりはない。
彼女の唇を割って口内に入れた舌を彼女のそれに絡めると予想外にすんなりと受け入れられたことに驚いた。


2019/11/11

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