ぐったりとその場にへたり込んで動かない同期、名字名前はどこからどう見ても疲労困憊である。
高専に入学して数ヶ月が経つ。私と同じく一般出の彼女は、この数ヶ月呪術師の世界の知識は勿論のこと呪力、術式の扱い方、体術、戦術等々を叩き込まれてきた。
十分によくやっていると思う。
同期の悟にはよく弱いと言われているが、それが悔しいのだろう彼女はだったら強くなる方法を教えてほしいと食い下がることが多々あった。それでよく怪我をして硝子に治してもらう姿もよく見た。
彼女の成長スピードは早い。入学してきた当初とは比較にならない程だ。それでも未だに悟には弱いと揶揄われている。
彼女は元々ある程度は、呪力、術式は扱えていたからそこについては特別苦労はしていない様だった。
こちらの世界の知識についても好奇心が旺盛な彼女の吸収力は早かった。
だが、どうにも苦手なものがあった。体術だ。体術だけは飲み込みが遅かった。
彼女はどうにも術式に頼り過ぎる傾向がある。対呪霊相手ならそれでもやっていけそうではあるが、対呪詛師を相手にすることもある。術式だけでは手に余る場面が出てくる。体術が苦手だと相手にバレればそこを突かれてしまうこともある。やはり扱える様にしておく必要があるのだ。
今日の任務がまさしくそれだった。二人組の呪詛師相手だったのだが、最初こそ有利に進めていたと思っていたら途中から見事に懐に入り込まれた彼女は危うく殺られそうになった。
私が相手をしていた呪詛師は既に倒した後だったため、すぐに彼女を助けられたので難を逃れたが危ないところではあった。
そして、縛り上げた二人組の呪詛師の身柄を補助監督に引き渡したところで冒頭に戻る。

「大丈夫そうには見えないね」
「………………え、そ、そんなことないよ」
「無理する必要ないだろ……」

彼女は妙なところで無理をして強がってみせる。素直になったところで誰も困ったりはしないというのに。
危ない目にあったのだ、素直に怖かったと言えばいい。

「いや、ホント大丈夫だよ……」

頑なに強がることをやめない彼女に思わず溜息が漏れる。

「じゃあ、今からさっきの様に懐に入り込まれた時の対処方法についての練習でもしようか?」
「えっ……ええ……それはその……」
「ほら、大丈夫じゃないだろ?」
「…………はい」

がっくりと首を落として蚊の鳴くような声を絞り出した彼女は余程強がることをやめたくはないらしい。
何がそこまで彼女に意地を張らせるのだろうか。悟に弱いと日々揶揄われていることが余計に拍車をかけている様な気もする。

「動けるかい?」
「……あと少し待ってほしい」
「分かった」
「傑……」
「何だい?」
「また明日から体術の練習に付き合ってね」
「ああ、いいよ」

そんな出来事が高専一年時にあった。
その後、彼女の体術の練習に付き合うことが自然と多くなった。そうやって彼女と過ごす時間は嫌いではなかったし楽しくもあった。きっとあの時の私は自然に笑えていた様に思う。
小柄な彼女にまずは相手の足元を狙って態勢を崩すしてから攻撃をするといいと教えたのは私だ。教えられたことをどんどん吸収していった彼女は、苦手だった体術も相手に引けを取らないほどに身につけていった。



十二月二十四日、百鬼夜行決行日。
彼女が出張先から直接高専へ向かう情報は入手していた。
だから、彼女が高専に行くために、絶対にこのルートを通ることも予想がついていた。
何故、わざわざ彼女に会いに来たのかといえばダメ元で最後の勧誘をするためだ。彼女の勧誘には一度失敗しているし、聞くまでもなく彼女の返答は分かりきっている。それでも、彼女に会って言葉を交わしたかった。
まだ朝の早い時間帯、人通りのない道で待っていればキャリーケースを引いた彼女が現れた。
私の姿を見つけると一定の距離を保ち、足を止める。やや緊張した面持ちをしているのが見て取れた。

「やあ名前」
「傑……」

一歩、彼女は後ろへと下がる。

「最後に一度だけ聞いておく。こちら側にこないか?」
「……傑、前も言ったとおり私の答えは変わらないよ」
「やはりね……」
「……」
「確認も取れたことだし、ここからはもう友人としてではなく敵になるわけだけど、出来れば私は名前とは戦いたくはない」
「私だってやだよ」
「引いてくれないか?」
「傑……残念ながらそれは無理……」
「……だろうね」

分かっていた。
彼女の返答もこの後に彼女が取るだろう行動も、全て分かっていた。
彼女はまず先に術式を発動させる。だからそれより先に彼女との距離を一気に詰めると一撃を叩き込んだ。
ガードされたため浅かったが、彼女はまだ術式を発動してはいない。続けて彼女に攻撃を仕掛けるが、やはりガードされる。
体術が苦手だったあの彼女がここまで戦える様になっていることに時間の流れを感じた。
更に攻撃を続けようとしたところで、彼女が私の足元へと先に攻撃を仕掛けてきた。それを躱して逆に彼女の足元へと攻撃を入れ、彼女の態勢を崩す。

「そうくると思っていたよ」
「なっ……!?」
「だってそれを教えたのは私じゃないか」

態勢を崩して倒れそうになった彼女の腕を引っ張り引き寄せる。

「私はやっぱり君とは戦いたくないんだ、名前」

彼女の首へ一撃を入れ気絶させた。
ぐったりと身体から力が抜けた彼女を抱き抱える。
場所を移動すると、近くの空き家の中へ入りそこへ彼女を横たわらせた。今日一日は目が覚めない様にと、そういう術もかけた。
きっと彼女が目が覚めた時には全てが終わっているだろう。

「悪いね。ここで少し待っていてくれ」

気を失っている彼女へと声をかけた。
勿論、返ってくる言葉はない。顔にかかってしまっている髪に触れる。さらりとした指通りの髪からはシャンプーの甘い香りがした。
その髪を邪魔にならない様に顔から退ける。穏やかに眠る彼女の寝顔は普段の彼女より少しだけ幼い気がした。


2019/11/11

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