※学生時代


授業が終わり寮までの道を歩いていると、背後から自分を呼ぶ彼女の声がした。
足を止め振り返るとそこにはゾンビがいた。間違えた。正確には、ゾンビの仮装をした彼女がいた。
それもホラー映画に出てくる様なリアルなゾンビ姿だ。顔は腐りかけでずぶずぶしていて一部骨が覗いているし眼球が片方ぶら下がっている。着ている服も血がついていてボロボロだ。

「……ゾンビに知り合いはいませんが」
「あれ?もしかして気付いてない?私だよ私!」

私が彼女だということに気付いていないのかと勘違いをした彼女は手を振ってくる。
その手も指が一本ぶらぶらとぶら下がっていて今にも落ちそうだ。細かいところまでリアルである。

「気付いてないわけないでしょう……」
「あっよかったー」

おそらく気の抜けた様な笑みを浮かべているのだろうが、リアルなゾンビメイクのせいでよく表情が分からない。
彼女が何故ゾンビの仮装をしているのかといえば今日がハロウィンだからである。
ハロウィンの数週間前くらいから、何やら張り切って準備をしていることは知っていた。だから間違いなくハロウィン当日に仮装をしてくることまでは予想出来た。
まさかリアルなゾンビの仮装をしてくるとは全く予想がつかなかったが。てっきり魔女だとか吸血鬼だとかその辺りだと予想して、少しだけ期待をしていた自分が馬鹿らしくなってくる。
予想を裏切ってくるのは彼女だから仕方がないのは分かっている。
張り切っていただけに力の入れ具合がすごいとは思うが、何故そっちの方向に走ってしまったのかと溜息が漏れた。

「……何故、ゾンビなんですか?」
「え?だって今日はハロウィンだよ」

そうではない。
何故、ゾンビの格好をしているのか?ではなく、何故数ある仮装の中からよりによってリアルなゾンビの仮装を選んだのか?という意味だったのだが彼女には伝わらない。

「そういう意味ではなくて、何故ゾンビの仮装にしたんですか?」
「ああ、それはね……今年はリアルさを追求してようと思って色々やってたらこうなったの!この目玉とかすごくない?苦労したんだよ〜」

ぶら下がっている眼球を摘みながら、おそらく得意げな表情をしているのだろうがやはりリアルなゾンビメイクのせいでよく分からない。

「それより、トリックオアトリート!」

きっとリアルなゾンビメイクの下で無邪気な笑みを浮かべている彼女はお決まりの台詞を口にした。
リアルなゾンビメイクでよく表情が分からなくとも、ころころと表情がよく変わっているのだろうなということは声色から把握出来る。
お菓子は勿論用意してある。彼女がハロウィンだと騒ぎ出した時から、絶対にお決まりの台詞を言ってくることは分かっていたため彼女用に買ってきていた。
今日どのタイミングで彼女からお決まりの台詞を言われてもいいように、バッグの中に入れておいた彼女が好きそうな包装紙に包まれたそれを取り出して差し出しす。

「どうぞ」
「わーい、可愛い!ありがとう!」

受け取ったそれを嬉しそうに眺めるゾンビ、ではなくて彼女。
持っていた服装に合わせたのだろうボロボロの様に見えるトートバッグへと私があげたお菓子を入れた。

「よし、じゃあ今度は先生にもお菓子貰ってくるね」
「……は?先生?」
「日誌にハロウィンまでのカウントダウンを書いてアピールしてたから絶対お菓子くれるはず!?じゃあねー!」

こちらが口を開く前に、手を振りながら去って行ってしまった彼女の後ろ姿が小さくなっていく。
そして、今度はよく聞き覚えのありすぎる一つ上の先輩の笑い声が響いてきた。笑い声のする方へと視線を向けると、少し離れたところで一連の様子を見ていたのだろう五条さんがゲラゲラと笑っている。

「七海〜お前……ぶふっ……名前の仮装に期待してただろ?……ぶっは!」
「悟そんなに笑っては失礼……ぶふっ」

五条さんの隣にいた夏油さんも堪えられなくなって吹き出した。
二人揃って笑い出した先輩達に自然と眉間の皺が深くなっていくのを感じる。相手にするだけ無駄だと思い、この場から離れようとすると今度は違う声に呼び止められた。

「待て七海」

未だ笑っている先輩二人の後ろからひょっこりと現れたのはゾンビ、ではなく彼女と同様にリアルなゾンビメイクをした家入さんだった。

「は……?」
「名前にやられた」
「……」

思わず無言になってしまう。
そんな私のことは気にもとめず、家入さんは二つ折りの携帯電話を取り出すと慣れた手つきで操作しこちらに画面を見せてきた。
そこには、魔女の仮装をした今より少し幼い彼女がピースをしている写真が表示されている。

「去年の仮装は魔女だったよー。残念だったね」

一年という年の差を感じたことが今までなかったといえば嘘になる。くだらないとは思いつつも、あと一年早く生まれてきていればと思ってしまう自分に呆れてしまった。


2019/11/04

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