※サイコ○スパロ


この春から公安局刑事課ニ係に監視官として配属されたボクは、ようやく仕事にも職場にも慣れてきていた。
監視官はボクの他にもう一人と、執行官が四名いる。合計六名でのチームだ。
このチームで時間を共有してきて、一つ気になっていることがある。
もう一人の監視官である七海監視官と名字執行官についてだ。
監視官と執行官は上司と部下の関係になるのだが、どうにもこの二人は距離が近いのだ。気になって長く在籍している執行官の一人に聞いてみれば、名字執行官は数年前まで監視官だったらしい。
それがとある事件をきっかけに、犯罪係数の規定値を超えてしまい潜在犯に認定されてしまった。
とある事件の詳細は教えてもらえなかったが、その後執行官になることを選択し今の名字執行官があることを教えてもらった。
更に名字執行官が監視官だった頃、七海執行官と恋人同士だったということも聞いた。距離の近さはそういうことかと納得しかけたが、それは過去のことであり現在の二人の仲は恋人同士ではないらしい。
名字執行官が潜在犯に認定され、二人は別れた様だとその執行官はボクに話してくれた。
けれど、ボクは二人は別れてはいない様な気がしている。
そう思う機会は度々あったのだが、先日の任務のことだ。追っていた潜在犯と格闘の末、取り押さえ搬送を終えた時に名字執行官の名前を呼ぶ七海監視官の声が耳に入ってきた。

「名前、髪に埃が」

声の方へ視線を向ければ、名字執行官の髪についていた埃を払う七海監視官の姿が目に入る。

「え?ありがとー」

たったそれだけのやり取りだった。
しかし、名字執行官の髪に触れる七海監視官の手つきがやけに優しく見えた。少なくともボクには、上司が部下に触れる様な手つきには見えなかった。まるで大切な恋人に触れる時の様なそれだ。
この時に、二人は別れてはいない様な気がしていると思っていたそれはより確信に近いものへと変わった。
だからといって何かをするつもりは毛頭ない。ボクは今後もどうしても気になってしまう二人のことを引き続き観察するだけだ。



執行官である彼女の部屋は、執行官隔離区画内にある。
それぞれの趣味による自由が認められているため、各執行官の部屋は本人の好みがよく現れる。といっても、彼女の部屋以外に行くことはないのだが。
彼女の部屋には、沢山のお菓子が貯蔵されている。訪れる度にテーブルいっぱいにお菓子を広げてもてなしてくれるのは嬉しいのだが、問題はその量が多すぎることだ。

「ねえナナミン、監視官が毎日執行官の部屋に尋ねてきて大丈夫なの?」

いつもの様に、テーブルの上に大量のお菓子を並べながら彼女は心配そうな表情を浮かべていた。

「尾行には気をつけているので大丈夫ですよ」
「そうじゃなくて!……その、犯罪係数とか」
「大丈夫ですよ」

彼女に側に来るように手招きをする。
素直に側に来た彼女をそのまま引き寄せると、腕の中に閉じ込めた。

「わ……!ナナミン!?」
「アナタに触れられない日の方が数値が上がりそうですよ」

大人しく抱き締められたままの彼女に自然と口元が緩む。

「そ、そっか。でも、やっぱり潜在犯とはあまり一緒にいない方が……」
「名前」
「……」
「前にも言いましたが、アナタとは学生の頃からの付き合いになります。それをアナタが潜在犯になったからといって、はい、さようなら……なんて出来るはずがないでしょう」
「ナナミン……」
「ですので、今後もよろしくお願いします」
「こちらこそ、これからもよろしくね」

彼女を抱き締める腕に力を込めた。
そっと背中に回された彼女の腕の体温がやけに暖かく感じた。



一ヶ月後、彼女は死んだ。
廃墟区画に逃げ込んだ潜在犯を彼女ともう一人の執行官で追いかけていた。
その途中で、潜在犯にもう一人の執行官のドミネーターを奪われてしまう。奪われたところで、潜在犯はドミネーターを使えない。だからその行為に意味はない。
しかし、潜在犯はドミネーターの引き金を引くことが出来た。照準の先にいたのは彼女だ。彼女に照準をロックすると、躊躇うこともなく潜在犯は引き金を引いた。最大出力で発出されたそれは、彼女の存在を消した。
何も残らなかったとそれを目の当たりにした執行官が顔を青くしながらそう口にした。
何故、潜在犯がドミネーターを使用出来たのかといえばバグだったと後の調査で明らかになる。念のため現在使用している全てのドミネーターに同様のバグがないか検査されたが、他のドミネーターにはバグはなかったそうだ。
私は、未だ彼女が死んでしまったことが信じられずにいる。ひょっこりと何事もなかったかの様に戻ってくるのではないかと想像してしまう。
二度と主が戻ってくることのない彼女の部屋で一人呆然とする。
片付けをするために来ているのだが、そんな気は全く起きない。ここを綺麗に片付けてしまったら、彼女がここに存在していたことまでも消えてしまいそうで余計に気が進まないのだ。
ふと、彼女の机の上に置かれていた日記帳に目が止まる。
綺麗な模様が描かれた表紙の日記帳に、今時日記帳を使うのは珍しいですねと話をしたことを思い出す。

「紙に文字を綴るのって結構面白いんだよ」

そう彼女は言っていた。
気の向いた日にしか書かないとも言っていた彼女のその日記帳に手を伸ばしパラパラと捲っていく。
そこには、日々の出来事が丁寧に書かれていた。関わった事件のことお菓子が美味しかったこと同僚のこと、それから私のことなどが彼女の目線で書かれている。思わずくすりと笑ってしまいそうなことも書かれていて、彼女らしいなと思った。
ページを捲っていくと、とあるページのところで手が止まる。

「これは……!?」



名字執行官が死んでから七海監視官の犯罪係数が日に日に上がっていってるらしいと聞いた。
目に見えて憔悴している様には見えなかったが、おそらくそれは七海監視官がそう周囲に見せない様に気を張っていたのだろうと思う。
ボクは、名字執行官の死について本当にドミネーターのバグだったのだろうか?と疑いを持っている。その調査結果に納得していない。
巧妙に何かが隠されている様な気がしてならないのだ。証拠があるわけではない。これはただのボクの勘だ。
探ってみて何もなかったのならそれでいい。納得する答えが欲しい。
一人で探りを入れるのには限度というものがある。だから、巻き込むなら七海監視官だ。おそらく七海監視官も名字執行官の死について疑問を抱いている。
この時間なら、七海監視官は名字執行官の使用していた部屋の片付けをするためにそこにいるらずだ。
名字執行官が使用していた部屋へ行くと、タイミングよく七海監視官が出て来た。手には本の様な見慣れない装丁をした物を持っている。

「それは?」
「ああ、これは彼女の日記帳です」
「日記帳……?」

ボクが続けて口を開く前に、七海監視官は急いでいると言い残しその場を去ってしまった。
まさかこれが七海監視官との最後になってしまうなんてボクは予想していなかった。名字執行官の日記帳を持っていたところ以外に、普段と変わったところなんてなかったのだから。
翌日、七海監視官は公安局から姿を消した。名字執行官の物だと言っていた日記帳もなくなっていた。


2019/10/20

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