※前回からの続き


一度目、誰かに名前を呼ばれた様な気がしてうっすらと目を開けると知らない部屋の天井が見えた。けれど、眠気の方が強くてそのまま睡魔に引っ張られ意識は微睡みの中に沈んでいく。ベッドの中の温かさが心地よい。
二度目、また誰かに名前を呼ばれた様な気がした。同時に誰かに頭を撫でられるのと、頬に温かさを感じたのは同時だった。
意識が少しずつはっきりしてくる。目はまだ開かないけれど、ひどく安心する匂いと何だかいい匂いがする。いい匂いの方は食べ物の匂いだ。安心する匂いは何だろうか?私はこの匂いを知っている。そうだ、これは彼の匂いだ。彼の?そこで一気に私の意識は覚醒に向かう。
目を開くとそこには彼がいた。

「え……ナ、ナナミン?」
「ようやく起きましたか。おはようございます」

そう言って、私から少し離れる彼を見ながら、距離が近すぎた気がするのは私の気のせいではないと思いたい。

「おはよう?」

ベッドの縁に座っている彼にとりあえず挨拶を返したが、何故彼がいるのか?というかここはどこだろうか?
落ち着いて昨夜のことを思い出してみる。
昨夜は、彼に会いに来て終電がなくなり、彼の家に泊めてもらうことになったのだ。彼の家に着いて、先にお風呂どうぞと言われ、お言葉に甘えて先に入った。お風呂から出て、入れ替わりに彼が入って、じゃあテレビでも見ようとテレビを見始めてからの記憶がない。

「私テレビ見ながら寝てた?」
「爆睡でしたね」

何度か起こしても全く起きなかったのだと彼は続けた。テーブルに突っ伏したまま寝せておくわけにもいかず、ベッドに運んだのだという。
全く起きなかったというだけあって、私も全く気付かなかった。現在進行形でベッドを占領してしまっているが、彼はどこで寝たのだろうか。聞けばソファーで寝たと回答が返ってきた。
部屋の主をソファーに追いやり、自分はベッドで太々しく爆睡していただなんて、なんて申し訳ないことをしたのだろうか。彼は帰りがあんな夜中になるまで働いていて疲れていたというのに、その彼を差し置いてベッドで爆睡していたのかと思うと自分の馬鹿さ加減に程々呆れ果てる。
がばっと起き上がりベッドの上で土下座した。

「ベッド占領しちゃって、ごめんなさい!ナナミン疲れてるのに……私なんて床に捨て置いてくれて大丈夫だから!」
「……」

反応がない。
下げていた頭を上げて彼を見ると驚いた顔をしていた。

「まさか土下座されるとは予想外でした……」
「えっ」
「床に捨て置けるはずがないでしょう。それとも私が寝ているアナタを床に捨て置く人間だと思いますか?」
「思いません……」
「気にしなくて結構ですよ。元々ベッドはあなたに貸すつもりでしたので」
「そーなの?」
「ええ」
「ありがとナナミン。やっぱり優しいね」

そう彼は優しい。私はよく目先のことだけを考えて暴走しがちなことが多くて、彼には迷惑をかけることも多々あったけれど何だかんだいって優しい。
だからついつい私も頼ってしまうことが多かった。それも彼が呪術師を辞めるまでのことだったのだけれど。
彼が呪術師を辞めてからは関わらないようにしていた。彼は違う世界で生きていくことを選んだのだから、もう関わらない方がいいのだと、そう思った。そう自分に言い聞かせてきた。言い聞かせて、自分の気持ちに蓋をした。
実際、彼が呪術師を辞めてから立て続けに任務が続いて、各地を飛び回ることが多く彼のことを考える暇はなかった。いや、忙しさに理由をつけて考えないようにしていたが正しい。
そんな日々が暫く続く中で、久々の休日に何もする気になれず夕方近くまで眠っていた。目が覚めてカーテンを開けると空がオレンジ色で綺麗な夕焼けだった。いつも見ている空のはずなのに、こんなに夕焼けは綺麗なものだったのかと目を奪われた。
夕焼けを眺めていたら、学生時代にもこの時間まで寝ていた日のことを思い出したのだ。その日も私は夕方まで寝ていて、目が覚めて空腹を覚えたのだが部屋に何も食べ物がなかった。寮の食堂に行けば何か食べる物があるかもしれないと、寝間着のまま食堂に行こうと共有スペースを通り過ぎようとした時に背後から彼に声をかけられた。

「名前?まさか今起きたんですか?」

振り向くと買い物に行って来たのかどこかの袋を持った彼がいた。

「うん、おはようナナミン」
「そろそろこんばんはの時間ですよ」

呆れた様に言う彼に、軽く笑いを返すとタイミングよく腹の虫が盛大に声を上げる。慌てて腹を押さえるがもう遅い。ばっちり彼に腹の虫の声を聞かれている。恥ずかしすぎて穴があったら入りたいというのは、きっとこういうことをいうのだろうなと思った。
彼はというと、驚いた顔をしていたがふっと軽く笑みを漏らしていた。

「笑われた……」
「すみません、すごい音だったので」
「うっ……」
「パンでも食べますか?丁度買って来たところだったんです」
「えっいいの!?でも、ナナミンの分なくならない?」
「多めに買って来たので大丈夫ですよ」

共有スペースのソファーに並んで座り、彼から貰ったパンを食べた。パンの種類はよく分からないけれど、彼から貰ったパンが今まで食べたどのパンよりも美味しかったことと、窓から差し込むオレンジ色の日差しとオレンジ色に染まる空が綺麗だったことを覚えている。
学生時代の出来事を思い出して、夕方まで寝れる自分のだらしなさは変わらないことに苦笑した。変わったのは彼が違う世界で生きていること。改めてそれを実感する。
もう関わらない方がいいのだと言い聞かせていたのに、学生時代を思い出したら何だか急に彼に会いたくなった。蓋をしたはずの自分の気持ちが溢れてしまった。それがついこの前の出来事である。
そして、後先考えず彼に会いに来たのが昨夜になる。久々に見た彼に、何だか以前と違った様な雰囲気を感じて少し寂しくなった。会社員を辞めてまた高専に戻ってきたら、私のよく知る彼に戻るのだろうか。この寂しさは埋まるのだろうか。そう思い、つい戻ってきなよと言ってしまった。
口を滑らせたそれに対して、てっきり否定されるものだと思っていたけれど、考えておきますと彼から返ってきたのには驚いた。
その後、彼の家に泊まり、まさかテレビを見ながら寝落ちするとは自分でも予想外だった。夜はそこまで強くはないが、初めて泊まる彼の家で寝落ちるだなんて自分の能天気さっぷりに呆れてしまう。
ふと肩がひんやりしていることに気がついた。彼から借りたパジャマが大きいため、肩までパジャマが下がってしまっているのだ。それを引っ張り直していると、彼が呆れた様に溜息を吐いた。

「全く、アナタは昨夜から無防備すぎる」
「え?」
「アナタのこんな無防備な姿を他に見せたくないと言ったらどうしますか?」
「どうって……えーっと、ナナミン何かあった?」

再び呆れた様に溜息を吐かれた。

「何かあったといえば、アナタが昨夜現れたことくらいですね」
「私?」
「本当に、鈍いところも相変わらず全く変わらない」

鈍いとはよく言われる。言われるけれど、自分のどこが鈍いのかは分からない。
そういうところが鈍いのだと前に悟に言われたことがある。

「昨夜アナタに久々に会って改めて確信しました。なので、この際はっきり言います」

一旦、そこで彼は言葉を切った。一体何を言われるのだろうかと緊張してしまう。
次に彼が口にした言葉に耳を疑った。

「名前、アナタが好きです」
「!?」
「お付き合いし……いや、これだとどこに付き合うの?などと、言いそうなのがアナタでしたね」
「えっ流石にこの流れでそれはないよ……」
「そうですか?」
「そんなに信用ないの!?」
「ありませんね」
「酷い!」
「冗談ですよ」

冗談に聞こえない。

「失礼、ついアナタのペースに持っていかれるところでした。曖昧にする気はないので、では、改めて……」

真っ直ぐに私の目を見つめてくる彼に目眩がした。彼が次の言葉を口にするまで、おそらくそんなに間は開いていないのだろうけれど、私には長く感じる。

「名前、私の恋人になっていただけますか?」
「はい」

断る理由がないと思わず即答してしまったけれど、これは本当に現実なのだろうか?と疑ってしまう。
まさか夢オチだなんてことはないだろうか。もしも、夢オチだったら暫く凹んでしまう気がする。

「待って待って、ナナミン?これ実は夢だったりしない?」
「そうきましたか……」

心底呆れた様に深い溜息を吐かれた。

「名前」
「はい!」
「まさか夢なはずがないでしょう」
「ホントに?ちょっと頬っぺた抓ってみて」

すっと彼の手が私の頬に伸びてくる。そして、思いっきり抓られた。

「痛い痛い!夢じゃない!」
「だからそう言ってるでしょう。ようやく目が覚めましたか?」
「うん」
「では、朝食にしましょうか」

何事もなかったかの様に、立ち上がるとそのままキッチンへと向かう彼の後ろ姿を眺めながら、そのあまりにいつもどおりの彼に笑ってしまった。


2019/01/27

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