「秋の匂いがする!」

駅から私のマンションに向かう途中、隣に並んで歩く彼女はそう口にした。
夕暮れ時の空の下、確かに甘く芳しい香りがふんわりと漂っている。
毎年、この時期になると花を咲かせ甘い香りを漂わせる花、金木犀である。
今朝も同じ道を通ったが、特に金木犀の香りはしなかった。ということは、その後に花を咲かせたということになる。もしくは少しずつ咲いていたのかもしれないが、周囲に甘い香りをばら撒かせるくらいは咲いていなかったのかもしれない。

「金木犀ですね」

金木犀の香りを秋の匂いがすると表現する彼女は実に彼女らしいなと思う。
通りがかった一軒家の庭に金木犀が植えられていた。塀より高くなっている金木犀が、歩道側に枝を伸ばしている。オレンジ色の小さな花が沢山咲いていた。

「うーん、いい匂いだー!ねえナナミン」
「何ですか?」
「来年も一緒に金木犀の花を観ようね」
「ええ、そうですね」
「それで、その次もまたその次の年もずーっと一緒に観ようね!」

無邪気な笑顔を向けてくる彼女に他意はないのだろう。
純粋に言葉どおりの意味なのだろうと思う。しかし、彼女が無意識なのだろうとしてもその言葉はまるでプロポーズの様にも受け取れてしまう。
おそらく彼女でなければ気にも留めなかったが、相手が彼女となればどうにも気にしてしまう。
そして、同時に彼女が他の誰かにも同じ様なことを無意識に言ってしまっていないか少し心配にもなってくる。

「名前、一応言っておきますがそういうことを私以外には言わないように」
「え?うん……分かった」

分かったとは言いつつも、首を傾げ頭上にはてなマークを浮かべている彼女は絶対に意味を分かっていないことが見て取れる。

「名前」
「んー?」
「先程言っていたことは、プロポーズと受け取っても?」
「プロポー……えっ!?」

驚いた表情に変わったかと思えば、今度はあわあわと慌て出した。

「あっえっと……ちがっ!いや、違くないか!?も、もし……ナナミンが嫌じゃなかったら、そう受け取っていいよ!」

慌てて結局有耶無耶にされるのかと思っていたら、予想外な答えが返ってきたことに今度はこちらが驚かされる。
彼女の言う様に、来年も再来年もその先もずっと一緒に金木犀の花を観ることが出来るのなら
勿論そうしたい。彼女の隣で同じ時間を過ごしていきたい。
だが、それが叶うかは分からない。お互いに職業柄、死というものが隣合わせだ。行ってきます、といつもの様に出かけて行ってそれが最期になってしまうということも十分にあり得てしまう。
そういうこともあって、彼女にずっと側にいてほしいとはなかなか伝えられずにいた。
まさか無意識とはいえ彼女に先を越されるとは思っていなかった。昔から彼女の言動が予想のつかないことは分かりきっているというのに、度々それに振り回されてしまうことに自嘲気味に溜息が漏れてしまう。

「全く……アナタという人は……。本当にずるいですね」
「え?」
「有り難く受け取らせていただきます」
「よかったー。嫌だって言われちゃったらどうしようかと思った」
「それはあり得ませんね」
「そっかーあり得ないかーよかった……えへへ」
「名前」
「んー?」
「……アナタに先を越されてしまいましたが、いずれ私からもきちんとプロポーズをさせてくれませんか?」

驚いた様に大きく見開かれる彼女の瞳。それはすぐに嬉しそうなものへと変わった。

「うん、待ってるね」

幸せそうに緩んだ笑みを浮かべる彼女の手を取る。繋いだ手を握り返してくる彼女の小さな手が愛おしく感じた。
見慣れているマンションまでの帰り道が、不思議といつもと違った景色に見える。
ふわりと吹いた風に乗って金木犀の香りが私達を追いかけてきた。


2019/10/20

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