※学生時代(本誌77話ネタバレあり)


かける言葉が見つからなかった。
ここまで来る道すがら考えてみたものの、考えれば考えるほどにそれは行方不明になっていく。
大丈夫だよ。何が?
元気出して。出せるはずがない。
ゆっくりしたほうがいいよ。どうやって?
思いついてはこれじゃないと消えていく、ありきたりな言葉たちとそれしか思いつかない自分に溜息が出る。
何と言葉をかけたらいいのか分からない。
気の利いた言葉は思い浮かばないが、それでも今の彼を一人にしておくのはいけない気がして気付いたら足が先に動いていた。
遺体安置所の入り口で傑と丁度入れ違いになった。何か言いかけた様だったが、開きかけた口を噤んでそのままその場を後にして行ってしまった。
遺体安置所の中に入ると、そこには目の部分にタオルをかけて上を向いている彼が椅子に座っているのが目に入る。だらりと投げ出された手脚には力が入っていない。こんなに憔悴しきっている彼を目にしたのは初めてかもしれない。
彼と灰原くんの任務で何があったのかは全て聞いた。
二人が任務に向かう前に偶然出くわして見送ったのは私だ。行ってきます、といつもの様に底抜けの明るい笑顔で挨拶してきた灰原くんとのやり取りが最期になるなんてあの時一体誰が予想しただろうか。
この部屋で一番多くの場所を占めている寝台の上には布が被せてあった。その布の下に横たわっているのは言葉にしなくとも分かる。布の上からくっきりと分かってしまうその形、普通ならそこあるはずの下半身の膨らみがない。
もう灰原くんのあの笑顔を見ることが出来ないという事実を突きつけてくる目の前にある現実に言葉をなくしてしまった。

「……何してるんですか?」

呆然としている私に、彼からかけられた声に思わずびくりと肩が跳ね上がってしまう。

「えっと……」
「……」
「……あの、ナナミン……一人になりたいかもしれないけど……」
「分かってて何故来たんですか?」

突き放す様な言い方に怯みそうになる。
しかし、ここで怯んでしまってはいけない。ここに来た意味がなくなってしまう。
何よりこんな状態の彼を一人にして去ってしまうことは出来ない。
軽く一息吐くと私は口を開いた。

「うん……でもね、今回はそれじゃダメだと思って……」
「……」
「正直、何て言葉をかけたらいいのか気の利いた言葉も私には分からないけど……でも、側にいてあげることは出来るから。一人で抱え込むのは苦しいよ……」
「……」
「側にいるから」

彼の隣に置いてあった丸椅子へと腰かける。
流れるのは沈黙。
会話をしている時としていない時の時間の感覚は違う。
沈黙の時間というのは長く感じるものだ。それが、どのくらい続いたのか分からないがその沈黙を破ったのは彼の震えた様な声だった。

「名前……」
「ん?」
「……手を、繋いでもいいですか?」
「うん、どうぞ」

相変わらず目の部分にタオルをかけたままの彼が手を繋ぎやすいように、伸ばされた彼の手に自分の手を差し出した。
ひんやりとした彼の手に掴まれる。再び沈黙が訪れたが、先程のそれよりは長く感じなかった。

「名前」
「ん?」
「……二級呪霊を討伐する任務だったんです」
「うん」
「それが……何故あんな……」
「うん」
「私は、何も出来なかった……」
「……ううん、それは違うよ」
「……」
「ナナミンは帰って来てくれた。灰原くんも連れて来てくれたよ」
「……」
「……」
「名前」
「ん?」
「……アナタはいなくならないでください」
「うん」

繋いだ手にぎゅっと力が込められる。
私は、いなくならないよと返事と一緒にその繋いだ手を握り返した。


2019/10/12


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