※学生時代


最初に海に行こうと言い出したのは、同期である五条か名前のどちらだったろうか。
もしかしたらほぼ同時だったかもしれない。気付いた時には、主にその二人が放課後の教室で海に行く話で盛り上がっていた。
同じく同期である夏油と私に拒否権はないらしく、海に行くこと前提で話が進んでいた。
一番の被害者は後輩である七海だろう。その場にいなかったにも関わらず、七海にも同様に拒否権はなく海に行くのが前提でどんどん話は進んでいく。
盛り上がっている二人を眺めながら、嫌そうな顔をする七海が容易に想像が出来る。
しかし、名前が誘えば嫌そうな顔をしつつも断ったりはしないだろう。七海本人は自覚がないのかもしれないが、名前に対する態度は他の人間に対するそれとは違って見える。
七海のことをよく知らない人間から見ればその違いは分からないだろうが、人数の少ないこの高専で一つ下で関わることもそれなりに多ければその違いは分かってしまう。
おそらく確実にそれに気付いていないと言えるのは名前だけだ。何といっても彼女は驚くほどに鈍い。
仮に誰かに付き合ってほしいと告白されることがあったのなら、彼女はどこに?と首を傾げながら口にするタイプだろうと思う。

**

よく晴れている。
日差しが強い。強すぎると言ってもいいほどだ。
青い空に青い海と白い砂浜。よく晴れていることもありとても綺麗だ。
レンタルしたビーチパラソルの下にシートを敷き、その下に出来た日陰で荷物番も兼ねて休んでいる。
同期三人と後輩一人は先程までビーチバレーをしていたが、今は海で泳いでいた。
それをぼうっと眺めていると、突然名前が海を後にしこちらに向かって来た。近付いて来た彼女の表情は何故かどんよりと沈んでいる。
真っ直ぐビールパラソルの元へやって来た彼女は、何やら慌てた様子でバッグの中からTシャツを引っ張り出すと頭から被って袖を通した。
そして、その場に膝を抱えて座ってしまった。

「名前?」
「……」
「その水着、可愛かったのにTシャツ着ちゃうのか?」

彼女は、先日一緒に買いに行ったビキニタイプの水着を着ていた。淡いオレンジ色で、胸元に大きなリボンが付いており、下はミニスカートの様になっていて彼女が動く度にひらひらと裾が揺れる。
明るい彼女によく似合っていたというのに、Tシャツを着てしまうのは勿体ない。

「だって、ナナミンが……」
「七海が?」
「太ってるって言ってたって……」
「は?」

思わず耳を疑った。
七海がそんなことを言うはずがないだろう。特に彼女に対しては尚更だ。
よくよく話を聞けば、五条から七海が彼女のことを着痩せするタイプだと言っていたと聞いたらしい。
五条からというのが、どうにも本当に七海がそう言っていたのか怪しい。私からすれば疑ってしまうのだが、彼女は疑わずにすんなりと信じてしまったらしい。おまけに、その着痩せするタイプというのを脱いだら太って見えるという意味に受け取ってしまっている。
五条もまさか彼女がそんな風に受け取るとは思わなかっただろう。

「暫くお菓子とか食べるのやめる……」

抱えた膝に頭を乗せてぼそりと呟く彼女はどう見ても重症だ。
甘い物が大好きで目がない彼女がこれほどとは余程ショックなのだろう。

「名前は太ってないから大丈夫」

彼女の頭をそっと撫でる。

「……硝子」
「ん?」

彼女はゆっくりと頭をあげた。

「そう言ってくれるのは硝子だけだよー!」

そう言いながら、勢いよく抱き着きいてきた。
彼女を受け止め、再度優しく頭を撫でると更にきつく抱き着いてくる。

「名前ちょっと苦しい……」
「えっごめん……!」

彼女の腕が少し緩んだが、離れる気はないらしい。抱き着いたままの彼女に少し苦笑してしまう。
実は先程から同期二人と後輩一人の視線を感じる。彼女のことが気になるのだろう。彼女との一連のやり取りを見られていることには、気付いている。気付いているが、何かをしてやるつもりは全くないので無視をした。
それにしても、五条のせいでまたしても被害者になってしまっている七海には流石に同情してしまう。


2019/08/25

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