※学生時代


どんよりとした曇空、しとしとと降り続く雨。連日のそれに気分までもが憂鬱になってくる。そう、梅雨だ。
毎年やってくるのは分かっていても、慣れるものではない。
せっかくの休日までも、こう雨に降り続けられては出かける気もなくなる。特に予定もなかったといえばそれまでだが。
本でも読もうかと思い、先日買ってきた本を手に取ろうとした時だった。部屋のドアをノックする音がした。
机の上の時計に目を向ければ、十時を過ぎた頃だった。一体、ノックの主は誰だろうか?特に誰かと約束をしているわけでもない。心当たりは特になかった。
それでも、ドアを開けた先にいるのが彼女であったのならと少しばかりの期待をしてしまったのは嘘ではない。
ドアを開ける。開けた先には、期待をしてしまった人物が立っていた。少しだけ驚いた。

「おはよー、ナナミン!」
「おはようございます」

にこやかな笑みを浮かべる彼女は、この憂鬱な天気など全く気にもしていない風に見える。

「ナナミン今日何か用事ある?」
「いえ、特にありませんが……」
「よかった!じゃあ、出かける準備して?」
「え、何故?」
「お願い!退屈させないから、ね?」

仕方ないですね、と先程少しばかりの期待をしていたのを誤魔化す様にわざとらしく口にする。
彼女は退屈させないからと言うが、そんな気を使わなくても予想のつかない言動が多い彼女といて退屈をしたことはない。

**

雨の中、並んで歩く。
傘をさしているため、その分彼女との間に絶妙な距離がある。
ふいに彼女が足を止める。つられて足を止めた。

「ナナミンこっちの傘に入ってみて」

自分の傘に入ってくるように促してくる。
この前の様に急に雨が降ってきたわけでもなく、お互いに傘をさしている。それなのに何故?という疑問が顔に出ていたのだろう、いいからと彼女は催促してきた。
言われるがまま彼女の傘へと入る。自分の傘は広げたまま片手に持ったままだ。
彼女との距離が近付いた。彼女は、私が入りやすい様に傘を持つ手を上げている。

「入りましたが?」
「上見てみて」
「上?」

見上げてみると、そこに広がっていたのは青空だった。
傘の内側に青空の絵がプリントされていると言った方が正しい。
外側から見れば、黒地のシンプルな傘だが成る程内側はこういう風になっていたのかと驚いた。

「いいでしょ?青空」
「ええ、綺麗ですね」
「傘をさすのが楽しくなるでしょ?梅雨の楽しみ方その一ね!」

楽しそうな笑みを浮かべる彼女に自然と頬が緩んだ。
雨は変わらず降り続いている。空は相変わらずどんよりとしている。
今朝からなんら変わりはないというのに、彼女といるだけで不思議とあの憂鬱だった気分が晴れていくのだから不思議だ。

「ということで、傘交換ね!」
「え?」
「ナナミンが私の傘をさして、私がナナミンの傘をさすの。青空が見れるよ、やったね!」

どうやら私に拒否権はない様で、強制的に傘を交換させられた。

**

そういえば、彼女は梅雨の楽しみ方その一と言ったが、その一ということはその二もあるということなのだろう。
一体何なのだろうか?斜め前を私の傘をさし足取り軽く歩く彼女からは読み取ることは出来ない。
時折、雨音に混ざって彼女の鼻歌が聞こえてくる。随分と機嫌がいいらしい。

「はい、ストップー」

くるり、とこちらを向くと彼女は足を止めた。

「ここを曲がると公園です。準備はいい?」
「何の準備ですか?」
「え、えーっと……何が待ち受けてるんだろうなー?とかそういうワクワクした感じの準備?」
「ちょっとよく分かりませんね」
「ええー。うーん、まあ、いいや」
「いいんですか?」
「うん。はーい、曲がりますよー」

彼女はこちらを向いたままを後ろ向きに曲がった。
足元をよく見ていないため、転ばないだろうか?と少しヒヤヒヤした。

「じゃーん!梅雨の楽しみ方その二。紫陽花でーす!」

公園内には、今が見頃なのだろう紫陽花が沢山咲いていた。
全体的に青や青紫色の花が多い。

「綺麗でしょ?今の時期だけだよー。それにね、今日みたいに雨が降ってる方が綺麗に見えるんだよね」

やはり楽しそうな笑みを浮かべる彼女に無意識のうちに見惚れていたらしい。
何も言わない私に、彼女は何を勘違いしたのか不安そうな表情を浮かべながら聞いてくる。

「もしかして、退屈だった?」
「いえ、楽しいですよ」
「よかったー!なんか最近ナナミン憂鬱そうな顔してたからさ」
「……そんな顔してましたか?」
「してたしてた。確かに梅雨は憂鬱だけどね、それなりに楽しみ方もあるんだよーって誘ってみたの。だから、楽しんでくれてるならよかった!」

コロコロとよく表情が変わる。
不安そうな表情は既になく、楽しそうに笑っている。
見ていて飽きない人だと思う。

「実は梅雨の楽しみ方その三もあるんだよね」
「その三?」
「この園芸用の石灰を撒いて紫陽花の色が変わるのを待つ!」

トートバッグからビニール袋に入ったそれを取り出す。
重そうだとは思っていたが、まさか園芸用の石灰が出てくるとは全く予想していなかった。
いつものことだが、こちらの予想の遥か上をいく。
彼女のやりたいことは分かる。
紫陽花は土の酸性度で花の色が変わる。それをやりたいのだろう。
しかし、このタイミングで園芸用の石灰を土に混ぜたところで花の色はすぐに変わらないのではないだろうか。

「名前」
「ん?」
「石灰を撒くタイミングが遅いのでは?」
「えっ嘘!?ちょっと待って!」

携帯電話を取り出して調べ始めた。
ゆらゆらと携帯電話に付けられているストラップが揺れている。

「ああーホントだ……」

携帯電話の画面を見ながらがっかりする彼女に何と言葉をかけようかと思っていると、今度は勢いよくこちらを向いた。

「よし、じゃあ来年ね!」
「はい?」
「今からこの紫陽花の根元に石灰を撒くから、来年この紫陽花の色が変わってるか確認しに来るの。はい、約束!」

すっと小指を差し出してくる。

「指切りね」

早く、と急かしてくるので急かされるままに彼女の小指に自分の小指を絡ませる。
自分のそれと比べて小さいのは当たり前なのだが、それでも随分と小さい小指だと触れてみて改めて実感する。
来年もやってくるだろう憂鬱な梅雨が、彼女との約束のお陰で少し楽しみになった自分がいることに驚いた。


2019/07/21

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