夏が近付いてきている。
まだ真夏と呼ぶには早い時期ではあるが、昼過ぎの太陽が一番高い位置にある時間帯には、三十度近く気温が上がっていた。
じりじりと容赦なく照らしてくる太陽が暑い。丁度、任務が終わり高専に戻ってきたタイミングでよかったと思う。
送迎をしてくれた伊地知と高専の休憩室がある建物へと向かう道を歩いている。歩きながら他愛のない話を主に一方的に私が喋っているのだが、ふとこの前テレビで見た話を思い出した。
パンダは暑さに弱いため二十五度以上の気温だと死ぬらしいのだ。そのため動物園のパンダは夏の間は冷房が効いた室内で過ごしているらしいというものだ。
そこで、真っ先に思い浮かぶのが高専にいるパンダのことだ。
今日は既に二十五度以上ある。この暑さの中、パンダは大丈夫なのだろうか?室内にいれば平気だとは思うが、まさか動物園のパンダの様にずっと室内で過ごしているわけではないだろう。パンダはどうやってこれからの季節を過ごしていくのだろうか?
パンダに対する疑問を伊地知に話してみるが、興味なさげに聞いている。話しているうちに、私は気になって仕方がなくなってきた。こうなったら、確認してはっきりさせないと気が済まない。

「気になるから直接確認してくる!」
「えっ……?は?名字さん!?」

伊地知は、私の発言に驚いた様な声をあげた。

「じゃ、行ってくるねー!」
「ちょ、待ってくださ……!?ええー……本当に行ってしまった……」

がっくりしている様な伊地知をその場に残し、私はパンダを探すために駆け出した。

**

勢いのまま来てしまったが、この時間帯は授業中だということに気が付いた。
たまたま休み時間で外にいるとかたまたま外に出ていたとかでなければ、教室に行かなければパンダに会うことは出来ない。流石に教室まで行って、パンダに二十五度以上あると死ぬの?とは聞けない。それはない。
どうしようかと思っていたが、どうやら私はついているらしい。
身体を動かすには丁度いいくらいの開けた場所。私達も学生の頃によく手合わせ等をしていた場所にパンダとその同学年の子達を見つけた。
パンダと同学年の子達は組手をしている。パンダはそこの少し離れたところに座っていた。

「パンダー!」

呼びながらパンダの元へ駆け出す。

「ん?名前?」

一気にパンダの側まで行くと、飛びつく様にパンダに抱き着いた。
ふわふわとした毛並みは相変わらずで、太陽の下にいたからか干したての布団の匂いがした。ふわふわでもふもふしたこの毛並みがたまらないのだが、流石に今日の様な気温でこのふわふわともふもふは暑い。

「暑い……」
「そりゃそうだろ」

本当は抱き着いたままでいたかったのだが、暑さには敵わないので仕方なく離れた。

「ねえパンダ、聞きたいことがあるんだけど……」
「何だ?」
「パンダって暑さに弱いから二十五度以上あると死ぬってホント?パンダも死んじゃうの?」

私の疑問を聞いたパンダに、何を言っているんだ?という表情を向けられた様な気がした。

「……いや、パンダはパンダじゃないから死なねぇよ。それに、暑さで死ぬんなら俺はとっくに死んでんだろ」
「確かに。パンダが無事でよかった」
「何だ心配してたのか?」
「うん。でも、安心した」
「そりゃよかったな」
「うん、じゃあまたねー」
「って、それだけかよ!?」

手を振ってその場を後にする。
パンダ本人に直接確認して見事私の疑問は解決した。晴れ晴れとした気分である。これでようやく休憩に入れる。

**

休憩室で七海さんと一緒にアイスコーヒーを飲んでいる。
偶然にも、ほぼ同じタイミングで休憩室に入り今に至っている。
休憩室には私達の他には誰もいない。特に会話が弾むわけではなかったが、嫌な静寂ではなかった。
しかし、その静寂は名字さんの登場で容易く破られる。ガチャリ、とドアを開けて入って来た名字さんは真っ先に七海さんの存在に気付く。

「ナナミン!」

そう呼びながら、ソファーに座っている七海さんの隣に腰かけた。

「お疲れ様です名前」
「ナナミンもお疲れ様。ねえ聞いて聞いて!」

嬉しそうにパンダについての話をし始める。無事に彼に確認出来たのだろう。
名字さんの分のアイスコーヒーを用意するために席を立った。
アイスコーヒーを用意しながら、ちらりと二人の方を盗み見ればパンダに対する疑問が解決したことが嬉しいのか七海さんと話しをするのが嬉しいのか本当に嬉しそうに話をしている名字さんが目に入った。おそらくはそのどちらもなのだろう。
名字さんの話を聞いている七海さんの表情も普段より柔らかい気がした。それなりに付き合いは長い方だが、名字さん以外の前でこういう表情をしているところは見たことがない。
きっとこの人は、名字さん以外にはこういう表情を向けないのだろうなと思う。というか、本人はそういう表情をしていることに気付いているのだろうか。

「疑問が解決してよかったですね」
「うん」

嬉しそうな笑顔を浮かべる名字さんを見る七海さんの瞳はどこまでも優しい。
コップに注いだアイスコーヒーを名字さんに差し出す。勿論、ガムシロップが入っている袋も合わせてだ。

「どうぞ」
「ありがとー」

何故なら名字さんはブラックコーヒーが飲めない。そこでどうするのかというと、気がすむまで甘くしてから飲むのだ。
受け取ったガムシロップを次々と入れていく。一つ、二つ、三つ、四つまで数えて数えるのをやめた。まだ手を止める気配はない。
七海さんも慣れているのか特に何も言わずに、黙ってアイスコーヒーを飲んでいる。
テーブルの上に空になったガムシロップの容器が山になっていく。
それを眺めながら、私も自分のアイスコーヒーを飲んだ。当然だが甘くはない。


2019/07/07

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